・・・捨てられた新聞紙が、風に吹かれて、広い道路の上を模型の軍艦のように、素早くちょろちょろ走っていました。道路は、川のように広いのです。電車のレエルが無いから、なおの事、白くだだっ広く見えるのでしょう。万代橋も渡りました。信濃川の河口です。別段・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・悪事千里、というが、なまけ者の空想もまた、ちょろちょろ止めどなく流れ、走る。何を考えているのか。この男は、いま、旅行に就いて考えている。汽車の旅行は退屈だ。飛行機がいい。動揺がひどいだろう。飛行機の中で煙草を吸えるかしら。ゴルフパンツはいて・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・昼間でもちょろちょろ茶の間に顔を出したりした。ある日の夕方二階で仕事をしていると、不意に階下ではげしい物音や人々の騒ぐ声が聞こえだした。行って見ると、玄関の三畳の間へねずみを二匹追い込んで二人の下女が箒を振り回しているところであった。やっと・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・暫くすると小さいながら尾を動かしてちょろちょろと駈け歩いた。お石が村を立ってから犬は太十の手に飼われた。太十は従来農家の附属物たる馬ととの外には動物は嫌いであった。猫も二三度飼ったけれど皆酷く窶れて鳴声も出せないように成って死んだ。猫がない・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・只春の波のちょろちょろと磯を洗う端だけが際限なく長い一条の白布と見える。丘には橄欖が深緑りの葉を暖かき日に洗われて、その葉裏には百千鳥をかくす。庭には黄な花、赤い花、紫の花、紅の花――凡ての春の花が、凡ての色を尽くして、咲きては乱れ、乱れて・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ その時向こうのにわとこの陰からりすが五疋ちょろちょろ出て参りました。そしてホモイの前にぴょこぴょこ頭を下げて申しました。 「ホモイさま、どうか私どもに鈴蘭の実をお採らせくださいませ」 ホモイが、 「いいとも。さあやってくれ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・そして大へんちいさなこどもをつれてちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。そのまた野ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでゴーシュはおもわずわらいました。すると野ねずみは何をわらわれたろうというようにきょろきょろしなが・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。 いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。「どうだ。金米糖がなかったかい。」・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・それから川岸の細い野原に、ちょろちょろ赤い野火が這い、鷹によく似た白い鳥が、鋭く風を切って翔けた。楢ノ木大学士はそんなことには構わない。まだどこまでも川を溯って行こうとする。ところがとうとう夜になった。今はも・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫