・・・ 寝床の裾の障子には竹の影もちらちら映っていた。僕は思い切って起き上り、一まず後架へ小便をしに行った。近頃この位小便から水蒸気の盛んに立ったことはなかった。僕は便器に向いながら、今日はふだんよりも寒いぞと思った。 伯母や妻は座敷の縁・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ さてそのうちに日もたって冬はようやく寒くなり雪だるまのできる雪がちらちらとふりだしますと、もうクリスマスには間もありません。欲張りもけちんぼうも年寄りも病人もこのころばかりは晴れ晴れとなって子どものようになりますので、かしげがちの首も・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 手を当てると冷かった、光が隠れて、掌に包まれたのは襟飾の小さな宝石、時に別に手首を伝い、雪のカウスに、ちらちらと樹の間から射す月の影、露の溢れたかと輝いたのは、蓋し手釦の玉である。不思議と左を見詰めると、この飾もまた、光を放って、腕を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 鉈豆煙管を噛むように啣えながら、枝を透かして仰ぐと、雲の搦んだ暗い梢は、ちらちらと、今も紫の藤が咲くか、と見える。 三「――あすこに鮹が居ます――」 とこの高松の梢に掛った藤の花を指して、連の職人が、い・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・木立の隙間から倉の白壁がちらちら見える、それが省作の家である。 おとよは今さらのごとく省作が恋しく、紅涙頬に伝わるのを覚えない。「省さんはどうしているかしら、手紙のやりとりばかりで心細くてしようがない。こうしてお家も見えているのに、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・目のさめるような青葉に、風が当たって、海色をした空に星の光が見えてくると、遠く町の燈火が、乳色のもやのうちから、ちらちらとひらめいてきました。 すると毎日、その時分になると、遠い町の方にあたって、なんともいえないよい音色が聞こえてきまし・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・そして、かたわらの小さな家から、ちらちらと灯がもれていました。年子は、刹那の後に展開する先生との楽しき場面を想像して、胸をおどらしながら入ってゆきました。 先生のお母さんらしい人が、夕飯の仕度をしていられたらしいのが出てこられました。そ・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ と、座蒲団をすすめておいて、写本をひらき、「あと見送りて政岡が……」 ちらちらお君を盗見していたが、しだいに声もふるえてきて、生つばを呑みこみ、「ながす涙の水こぼし……」 いきなり、霜焼けした赤い手を掴んだ。声も立てぬ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・私は恥かしくて、顔の上に火が走り、それがちらちら心を焼いて、己惚れも自信もすっかり跡形もなくなってしまった。すると、そのお友達はお饒舌の上に随分屁理屈屋さんで、だから奥さん、あなたは幸福ですよ。そして言うことには、僕の知ってる男で、嘘じゃな・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・私は新聞かなにかを見ながら、ちらちらその方を眺めていたのであるが、アッと驚きの小さな声をあげた。彼女は、なんと! 猫の手で顔へ白粉を塗っているのである。私はゾッとした。しかし、なおよく見ていると、それは一種の化粧道具で、ただそれを猫と同じよ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
出典:青空文庫