・・・ さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の際に寄り添って、そこにあった石を踏み台にして、その上に小さな体を支えて中をのぞいてみました。 へやの中はきれいに飾ってあります。大・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・文言は例のお話の縁談について、明日ちょっとお伺いしたいが、お差支えはないかとの問合せで、配達が遅れたものと見え、日附は昨日の出である。 端書を膝の上に置いて、お光はまたそれにいつまでも見入った。「全くもうむずかしいんだとしたら……」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・母親の愛情だけで支えられて生きているのは、何か生の義務に反くと思うのだった。妓に裏切られた時に完膚なきまでに傷ついた自尊心の悩みに駆りたてられていた。熱が七度五分ぐらいまでに下ると、いきなり寝床を飛びだし、お君の止めるのもきかず、外へ出た。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ ――もともと出鱈目と駄法螺をもって、信条としている彼の言ゆえ、信ずるに足りないが、その言うところによれば、彼の祖父は代々鎗一筋の家柄で、備前岡山の城主水野侯に仕えていた。 彼の五代の祖、川那子満右衛門の代にこんなことがあった……。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・少焉あって、一しきり藻掻いて、体の下になった右手をやッと脱して、両の腕で体を支えながら起上ろうとしてみたが、何がさて鑽で揉むような痛みが膝から胸、頭へと貫くように衝上げて来て、俺はまた倒れた。また真の闇の跡先なしさ。 ふッと眼が覚め・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その巌丈な石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳り抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉に涵りながら「牢門」のそとを眺めていると、明るい日光の下で白く白く高まっている瀬のたぎり・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ 砂山が急に崩げて草の根で僅にそれを支え、其下が崕のようになって居る、其根方に座って両足を投げ出すと、背は後の砂山に靠れ、右の臂は傍らの小高いところに懸り、恰度ソハに倚ったようで、真に心持の佳い場処である。 自分は持て来た小説を懐か・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・だがその姿勢が悩みのために、支えんとしても崩されそうになるところにこそ学窓の恋の美しさがあるのであって、ノートをほうり出して異性の後を追いまわすような学生は、恋の青年として美しくもなく、また恐らく勝利者にもなれないであろう。 しかし私が・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ ころげそうになる娘を支えて、アメリカ兵は靴のつまさきに注意を集中して丘を下った。娘の外套は、メリケン兵の膝頭でひら/\ひるがえった。街へあいびきに出かけているのだ。娘は、三カ月ほど、日本兵が手をつけようと骨を折った。それを、あとからき・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そしてこの村から川上の方を望めば、いずれ川上の方の事だから高いには相違ないが、恐ろしい高い山々が、余り高くって天に閊えそうだからわざと首を縮めているというような恰好をして、がん張っている状態は、あっちの邦土は誰にも見せないと、意地悪く通せん・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫