・・・神経衰弱か何かの療法に脊柱に沿うて冷水を注ぐのがあったようであるが、自分の場合は背筋のまん中に沿うて四五寸の幅の帯状区域を寒気にさらして、その中に点々と週期的な暑さの集注点をこしらえるという複雑な方法を取ったわけである。そういう、西洋のえら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・すなわち三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台はこれに踵を接して、だんだんに空席の多いものになる。そうして再び長い間隔を置いて、また同じ事が繰り返されるのである。 以上は、事がらをできるだけ簡単に抽象して得られた理論・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・しばらくの別れを握手に告ぐる妻が鬢の後れ毛に風ゆらぎて蚊帳の裾ゆら/\と秋も早や立つめり。台所に杯盤の音、戸口に見送りの人声、はや出立たんと吸物の前にすわれば床の間の三宝に枳殼飾りし親の情先ず有難く、この枳殼誤って足にかけたれば取りかえてよ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・不平や煩悶のために心の暗くなった時に先生と相対していると、そういう心の黒雲がきれいに吹き払われ、新しい気分で自分の仕事に全力を注ぐことができた。先生というものの存在そのものが心の糧となり医薬となるのであった。こういう不思議な影響は先生の中の・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・そうして子細に考えてみると緊張に次ぐ弛緩の後にその余波のような次第に消え行く弛張の交錯が伴なうように思われる。しかし弛緩がきわめて徐々に来る場合はどうもそうでないようである。 惰性をもったものがその正常の位置から引き退けられて、離たれた・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をもっているような暗示を、兄から与えられていた。もちろん私自身はそれらのことに深い考慮を費やす必要を感じなかった。私は私であればそれでいいと思っていた。私の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・その興るに当っては人の之に意を注ぐものなく、その漸く盛となるや耳に熟するのあまり、遂にその消去る時を知らしめない。服飾流行の変遷も亦門巷行賈の声にひとしい。 明治四十一年頃ロシヤのパンパンが耳新しく聞かれた時分、豆腐屋はまだ喇叭を吹かず・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ 老人が夕刊紙に目を注ぐのは偶然夕刊紙がその手に触れて、その目の前に展げられたが故であろう。紙上に見渡される世事の報道には、いかに重大な事件が記載せられていても、老人の身には本より何等の痛痒をも感じさせぬので、遣り場のない其の視線は纔に・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・老人はなお言葉を継ぐ。「次男ラヴェンは健気に見ゆる若者にてあるを、アーサー王の催にかかる晴の仕合に参り合わせずば、騎士の身の口惜しかるべし。ただ君が栗毛の蹄のあとに倶し連れよ。翌日を急げと彼に申し聞かせんほどに」 ランスロットは何の・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・これは癩をやむ人の前世の業を自ら世に告ぐる、むごき仕打ちなりとシャロットの女は知るすべもあらぬ。 旅商人の脊に負える包の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚、瑪瑙、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫