・・・ その年は八月中旬、近江、越前の国境に凄じい山嘯の洪水があって、いつも敦賀――其処から汽車が通じていた――へ行く順路の、春日野峠を越えて、大良、大日枝、山岨を断崕の海に沿う新道は、崖くずれのために、全く道の塞った事は、もう金沢を立つ時か・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・一緒に、敦賀から汽船に乗って来た同年兵は百人あまりだった。彼等がシベリアへ着くと、それまでにいた四年兵と、三年兵の一部とが、内地へ帰って行った。 シベリアは、見渡す限り雪に包まれていた。河は凍って、その上を駄馬に引かれた橇が通っていた。・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・伊吹山 六九、二 岐阜 四十、二敦賀 七二、八 京都 四九、二彦根 五九、〇 名古屋 三〇、二 すなわち、伊吹山は敦賀には少し劣るが、他の地に比べては、著しく雨雪日の数が・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ 彼女は敦賀行汽船の最低甲板から海を眺めていた。海はあの埃をかぶったスレート屋根の色をしていた。タブ……タブ……物懶く海水が船腹にぶつかり、波間に蕪、木片、油がギラギラ浮いていた。彼方に、修繕で船体を朱色に塗りたくられた船が皮膚患者のよ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 四月ですわ、十五六日頃じゃあなかったこと、ほら菜の花が真盛りだったじゃあありませんか「……それじゃあ三月末じゃあまだ寒いだろうな、何にしろ随分時候は遅れて居るんだから 茂樹の故郷は、敦賀の近処であった。「だって拘やしないわ。い・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫