・・・お座敷着で、お銚子を持って、ほかの朋輩なみに乙につんとすましてさ。始は僕も人ちがいかと思ったが、側へ来たのを見ると、お徳にちがいない。もの云う度に、顋をしゃくる癖も、昔の通りだ。――僕は実際無常を感じてしまったね。あれでも君、元は志村の岡惚・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・これはつんと尖った鼻の先へ、鉄縁の鼻眼鏡をかけたので、殊にそう云う感じを深くさせた。着ているのは黒の背広であるが、遠方から一見した所でも、決して上等な洋服ではないらしい。――その老紳士が、本間さんと同時に眼をあげて、見るともなくこっちへ眼を・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・向うがつんとしているので、今度は僕から物を言いたくなった。「どうだい、僕もまた一つ蕎麦をふるまってもらおうじゃアないか?」「あら、もう、知ってるの?」「へん、そんなことを知らないような馬鹿じゃアねい。役者になりたいからよろしく頼・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・文子は私の顔を見ても、つんと素知らぬ顔をしていたが、むりもない、私はこれまで一度も文子と口を利いたことはなかったし、それに文子はまだ十二だった。しかし十六の私は文子がつんとしたは、私の丁稚姿のせいだと早合点してしまい、きゅうに瀬戸物町という・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ コンクールを受けた連中はいずれもうやうやしく審査員に頭を下げ、そして両足をそろえて、つつましく弾くのだったが、寿子はつんとぎこちない頭の下げ方をして、そしていきなり股をひらいて、大きく踏ん張ると、身体を揺り動かしながら、弾き出すのだっ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・駆け寄ったのへつんと頭を下げるなり、女学生は柳吉の所へ近寄って低い声で「お祖父さんの病気が悪い、すぐ来て下さい」 柳吉と一緒に駆けつける事にしていた。が、柳吉は「お前は家に居りイな。いま一緒に行ったら都合が悪い」蝶子は気抜けした気持でし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 娘は不意を突かれたように、暫らくだまっていたが、やがて、つんと顎を上げると、「――あるわ」 もう昂然とした口調だった。「ふうん」 小沢は何か情けなかった。「――好きな男と……?」「好きな男なんかあれへん」「・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ ちょっと見には、つんとしてなにかかげの濃い冷い感じのある顔だったが、結局は疳高い声が間抜けてきこえるただの女だった。坂田のような男に随いて苦労するようなところも、いまにして思えば、あった。 あれはどないしてる? どないにして暮らし・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・鼻をかむのにさえ、両手の小指をつんとそらして行った。洗練されている、と人もおのれも許していた。その男が、或る微妙な罪名のもとに、牢へいれられた。牢へはいっても、身だしなみがよかった。男は、左肺を少し悪くしていた。 検事は、男を、病気も重・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・そのころ地平、縞の派手な春服を新調して、部屋の中で、一度、私に着せて見せて、すぐ、おのが失態に気づいて、そそくさと脱ぎ捨てて、つんとすまして見せたが、かれ、この服を死ぬるほど着て歩きたく、けれども、こうして部屋の中でだけ着て、うろうろしてい・・・ 太宰治 「喝采」
出典:青空文庫