・・・ある仏蘭西のジェスウイットによれば、天性奸智に富んだ釈迦は、支那各地を遊歴しながら、阿弥陀と称する仏の道を説いた。その後また日本の国へも、やはり同じ道を教に来た。釈迦の説いた教によれば、我々人間の霊魂は、その罪の軽重深浅に従い、あるいは小鳥・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。 わたしは歴史を翻えす度に、遊就館を想うことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の教える正義であろう。騎士の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・――仏説に転生輪廻と云う事がある。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかも知れない。もしそうだとすれば、人間のする事は、貉もする。月夜に歌を唄うくらいな事は、別に不思議でない。…… それ以来、この村では、貉の唄を聞いたと云う者が、何人も・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・あるいはゴオギャンの転生である。今にきっとシャヴルの代りに画筆を握るのに相違ない。そのまた挙句に気違いの友だちに後ろからピストルを射かけられるのである。可哀そうだが、どうも仕方がない。 保吉はとうとう小径伝いに玄関の前の広場へ出た。そこ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・しからば君は天性冷淡な人かとみれば、またけっしてそうでないことを僕は知っている。君は先年長男子を失うたときには、ほとんど狂せんばかりに悲嘆したことを僕は知っている。それにもかかわらず一度異境に旅寝しては意外に平気で遊んでいる。さらばといって・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・のみならず省作は天性あまり強く我を張る質でない。今母にこう言いつめられると、それでは自分が少し無理かしらと思うような男であるのだ。「おッ母さんに苦労ばかりさせて済まないです。なるほどわたしの我儘に違いないでしょう、けれどもおッ母さん、わ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性の覇気が脱線して桁を外れた変態生活に横流した。椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ この殆んど第二の天性となった東洋的思想の傾向と近代思想の理解との衝突は啻に文学に対してのみならず総ての日常の問題に触れて必ず生ずる。啻に文人――東洋風の――たるを屑しとしないのみならず、東洋的の政治家、東洋的の実業家、東洋的の家庭の主・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・こうしたところには、彼等の天性の美を見ることも出来なければ、造物主が彼等によって示さんとした天賦の叡智、敏感、正直さというようなものも、ついに知られずにしまったのであります。もしこの世の中に、彼等を心から愛する、文学者、芸術家、若くは真理に・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・自分の画の好きなことは全く天性といっても可かろう、自分を独で置けば画ばかり書いていたものだ。 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て余して数々退校を以て嚇したのでも全・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫