・・・大阪でいうならば、難波の前に千日前、堂島の前に京町堀、天満の前に天神橋といったあんばいに、随所に直営店をつくり、子飼いの店員をその主任にした。 支店と直営店とは、だいいち店の構えからして違って、直営店に客が集まるのは当然のこと、支店の自・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・いうならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・櫓の音をゆるやかにきしらせながら大船の伝馬をこいで行く男は、澄んだ声で船歌を流す。僕はこの時、少年ごころにも言い知られぬ悲哀を感じた。 たちまち小舟を飛ばして近づいて来た者がある、徳二郎であった。「酒を持って来た!」と徳は大声で二三・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・禅天魔。真言亡国。律国賊。既成の諸宗はことごとく堕地獄の因縁である」と宣言した。 大衆は愕然とした。師僧も父母も色を失うた。諸宗の信徒たちは憤慨した。中にも念仏信者の地頭東条景信は瞋恚肝に入り、終生とけない怨恨を結んだ。彼は師僧道善房に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・殊に新聞紙の論説の如きは奇想湧くが如く、運筆飛ぶが如く、一気に揮洒し去って多く改竄しなかったに拘らず、字句軒昂して天馬行空の勢いがあった。其一例を示せば、 我日本国の帝室は地球上一種特異の建設物たり。万国の史を閲読するも此の如き建設・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・若い才能は、思い切り縦横に、天馬の如く走り廻るべきだと思っています。試みたいと思う技法は、とことんまでも駆使すべきです。書いて書きすぎるという事は無い。芸術とは、もとから派手なものなのです。けれども私は、もうおそいようです。骨が固くなってし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その頃、日本では非常に文学熱がさかんで、もうとてもそれは、昨今のこの文化復興とか何とかいうお通夜みたいなまじめくさったものとはくらべものにならぬくらい、実に猛烈でハイカラで、まことに天馬空を駈けるという思い切ったあばれ方で、ことにも外国の詩・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 五、我、ことごとに後悔す。天魔に魅いられたる者の如し。きっと後悔すると知りながら、ふらりと踏込んで、さらに大いに後悔する。後悔の味も、やめられぬものと見えたり。 六、妬むにはあらねど、いかなるわけか、成功者の悪口を言う傾向あり。・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ちょっと外側から見ると恐ろしく窮屈そうに見えるような天地に居て、そうして実は、最も自由に天馬のごとく飛翔しているような人も稀にはあるようであり、一方ではまた、最も自由な大海に住みながら、求めて一塊の岩礁に膠着して常に不自由を喞つ人も稀にはあ・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・煙突の脇へ子供を負った婆さんとおばさんとが欄干にもたれて立って、伝馬の船底から山を見ている顔が淋しそうな。右舷へ出ると西日が照りつけて、蝶々に結った料理屋者らしいのが一人欄へもたれて沖をぼんやり見ている。会食室の戸が開いているからちらと見た・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
出典:青空文庫