一 私は今年四十二才になる。ちょうどこの雑誌の読者諸君からみれば、お父さんぐらいの年頃であるが、今から指折り数えると三十年も以前、いまだに忘れることの出来ないなつかしい友達があった。この話はつくりごとでないから・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ただ「御父さん、重いかい」と聞いた。「重かあない」と答えると「今に重くなるよ」と云った。 自分は黙って森を目標にあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股になった。自分は股の・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 六平の娘が戸をガタッと開けて、「あれまあ、父さん。そったに砂利しょて何しただす」と叫びました。 六平もおどろいておろしたばかりの荷物を見ましたら、おやおや、それはどての普請の十の砂利俵でした。 六平はクウ、クウ、クウと鳴っ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ その教室を出て、もう一つの教室へ行くと、そこでは若い生徒ではない、もう四十五十の小父さん小母さんが十人ばかり、むきな顔をして代数の勉強をやっていた。職場で働いているが、こういう人々はもっと自分の技術を高めて、ソヴェト同盟が最も必要とし・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・私はワーリャに父さんを持たしてやりたい。そりゃお前さんに真直ぐ云うよ。……だがあれもいい子になって来た。」 輝いた、たのしそうな微笑がグラフィーラの口元に漂った。「――そして私も独りもんじゃ暮したくない。でもね、ミーチャ、私は馬鹿で・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ お君は、救を求める様に、シパシパの眼をあいたりつぶったりして居ると耳元で、何かが、「お父さんに来てもろうたがいいと云う様に感じた。 お君は、いかにも嬉しそうに、パッとした顔をして、一つ心に合点すると共に、喜びを押え・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・お祖母様は「今の娘はねー、お前なんぞ夢にも見た事のない苦しい思をして居るんだよ、あの子のお父さんと云うのは村で評判の呑ん平で一日に一升びんを三本からにすると云うごうのものなんだよ、それでおまけに大のずる助で実の子のあのお清に物をうらせて自分・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・をかいて、健坊の父さんとは又違った意気ごみを示して居るのも面白うございます。文章を簡明――直截にしようということをこころみていて、そのことのなかには又いろいろの気持がこめられているのでしょうと思われます。 三十一日には、近年にない大雨で・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そして一辷りやるでしょう。父さんはちぢこまってどてらを着ていても、息子は雪の中にころべまた起き上って辷れ、と願う心は自然な健全さを持っているものですね。私もこれには満足です。 十一月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より〕・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
或る若い母さんのうちに小学四年になった男の子がいる。一人っ子であるから、どうしても親たちの生活の目撃者となることが多い。 その子が或るとき作文を書いた。父さんと母さんが喧嘩をしました。父さんが大きい声で出てゆけと云って・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
出典:青空文庫