・・・ 食堂やあるいは電車の中などで、隣席の人のもっているステッキの種類特にその頭部の装飾を見ると、それに現われたその持ち主の趣味がたいていネクタイとか腕時計とか他の持ち物に反映しているように思われる。しかし神の取り合わせた顔と腕にはそうした・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 今度の大阪や高知県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地で・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 壁の前面に肉片を置いたときにでも、その場所の気流の模様によっては肉から発散する揮発性のガスは壁の根もとの鳥の頭部にはほとんど全く達しないかもしれない。また、ごく近くに肉の包みをおかれて鳥がそれをついばむ気になったのは、嗅覚にはよらずし・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・B教授の禿頭の頂上の皮膚に横にひと筋紫色をしてくぼんだ跡のあるのを発見した刑事が急に緊張した顔色をしたが、それは寝台の頭部にある真鍮の横わくが頭に触れていた跡だとわかった。 刑事が小卓のコップのそばにあった紙袋を取り上げて調べているのを・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・が地球上における蚯蚓の分布を調べた学者の研究の結果によると、ある種の蚯蚓は、東は日本から海を越えて大陸に、欧亜大陸を横断して西はスペインの果てまで広がり、さらに驚くべき事には大西洋を渡って北米合衆国の東部にまでも分布されているのである。大陸・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗りの戸棚と、寝台の頭部に光る真鍮の金具のほかには何もない、陰鬱に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
東トルキスタン東部の流砂の中に大きな湖水ロプ・ノールのあることは二千年昔のシナ人にはすでに知られていて、そのだいたいの形や位置を示す地図ができていたそうである。西暦一七三三年に二人のヨーロッパ人が独立に別々にその地方の地図・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・ 眼をむいて、女房を怒鳴りつけようとしたが、繃帯している殴られた頭部の傷が、ピリピリとひきつる。「だってさ、あんた……」 お初は、何かに追ったてられるように、「あんた、争議団では、また今朝、変な奴らが、沢山何ッかから、来たん・・・ 徳永直 「眼」
・・・其の瞬間棒はぽくりと犬の頭部を撲った。犬は首を投げた。口からは泡を吹いて後足がぶるぶると顫えた。そうして一声も鳴かなかった。「おっつあん、うまくいっちゃった」と先刻の対手は釣してある蓆から首を突っ込んだ。蚊帳の中は動かない。彼は太十・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・そして、頭部の方からは酸敗した悪臭を放っていたし、肢部からは、癌腫の持つ特有の悪臭が放散されていた。こんな異様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった。彼女は眼をパッチリと見開いていた。そして、その瞳は私を見ているよ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫