・・・「じつはお前の居所を知りとうてな。探してたんや。新聞広告出したん見えへんかったんか」 と言い、そして家へ帰って、お君によくいいきかせ、なお監視してくれと頼む安二郎を、豹一は、ざまあ見ろと思った。けれども、そんな安二郎を見るにつけ、×・・・ 織田作之助 「雨」
・・・の真価を世に問う、いわば坂田の生涯を賭けた一生一代の対局であった。昭和の大棋戦だと、主催者の読売新聞も宣伝した。ところが、坂田はこの対局で「阿呆な将棋をさして」負けたのである。角という大駒一枚落しても、大丈夫勝つ自信を持っていた坂田が、平手・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ さようなわけであって見れば、早速今夜にも払い下げの願書を認めておきとうござりますが、まず差し当って困りますのはその願書の書き方ですが、それは。 さあその辺の次第もあろうと、かねて手配りをいたしておいて、その閣令の草案も今日ようやく・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・技術の巧拙は問う処でない、掲げて以て衆人の展覧に供すべき製作としては、いかに我慢強い自分も自分の方が佳いとは言えなかった。さなきだに志村崇拝の連中は、これを見て歓呼している。「馬も佳いがコロンブスは如何だ!」などいう声があっちでもこっちでも・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・』『そのスケッチが見とうございますね、』と小山の求めるままに十一月三日の記から読みだした。『野を散歩す日暖かにして小春の季節なり。櫨紅葉は半ば散りて半ば枝に残りたる、風吹くごとに閃めき飛ぶ。海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・』 その次が十一月二十六日の記、『午後土河内村を訪う。堅田隧道の前を左に小径をきり坂を越ゆれば一軒の農家、山の麓にあり。一個の男、一個の妻、二個の少女麦の肥料を丸めいたり。少年あり、藁を積み重ねし間より頭を出して四人の者が余念なく仕・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・無論大学に居た時分、一夏帰省した時も訪うた事はある。 老漢学者と新法学士との談話の模様は大概次の如くであった。「ヤア大津、帰省ったか」「ともかく法学士に成りました」「それが何だ、エ?」「内務省に出る事に決定りました、江藤・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 甥の山上武は二三日前、石井翁を訪うて、口をきわめてその無為主義を攻撃したのである。武を石井老人はいつも徳と呼ぶ。それは武の幼名を徳助と言ってから、十二三のころ、徳の父が当世流に武と改名さしたのだ。 徳の姿を見ると二三日前の徳の言葉・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・いかに問うかということ、その問い方の大いさ、深さ、強さ、細かさがやがてその解答のそれらを決定する条件である。故に倫理学の書をまだ一ページもひるがえさぬ先きに、倫理的な問いが研究者の胸裡にわだかまっていなければならぬ。そして実はその倫理的な問・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・「有がとう。」「有がとう。」「有がとう。」 子供達の外套や、袴の裾が風にひらひらひるがえった。 三人は、炊事場の入口からそれを見送っていた。 彼等の細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪を蹴って、丘を・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫