・・・ 翁が特に愛していた、蝦蟇出という朱泥の急須がある。径二寸もあろうかと思われる、小さい急須の代赭色の膚に Pemphigus という水泡のような、大小種々の疣が出来ている。多分焼く時に出来損ねたのであろう。この蝦蟇出の急須に絹糸の切屑の・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・理由といっては特に目立った何ものもない。ただ一番困難なことを私はやりたくてならぬ性質なのである。 もちろん、身辺小説も困難なことにおいてはそう違わないと思うが、人それぞれの性質によって困難の対象は違うものとしなければならぬなら、私にとっ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・私はこういう人に対していかなる場合にも高慢である事はできません。特にその才能の乏しいのを嘲うような態度は、恐ろしい冷酷として、むしろ憎むべき事に思います。才能の乏しいのは確かにいい事ではないでしょう。しかし才能が人間のすべてではありません。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫