・・・「あいつは屠殺者に向う時もああ云う目をするのに違いない。」――そんな気もわたしを不安にした。わたしはだんだん憂鬱になり、とうとうそこを通り過ぎずにある横町へ曲って行った。 それから二三日たったある午後、わたしはまた画架に向いながら、一生・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・ たとえば、屠殺場へ引かれて行く、歩みの遅々として進まない牛を見た時、或は多年酷使に堪え、もはや老齢役に立たなくなった、脾骨の見えるような馬を屠殺するために、連れて行くのを往来などで遊んでいて見た時、飼主の無情より捨てられて、宿無しとな・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・ところが買って来たものの、屠殺の方法が判らんちゅう訳で、首の静脈を切れちゅう者もあれば眉間を棍棒で撲るとええちゅう訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そうして無産者は、屠殺場の如き戦場へどん/\追いやられるだろう。 しかし、プロレタリアートは、泥棒どもが縄張りを分け取りにするような喧嘩に、みす/\喧嘩場へ追いやられて、お互いに、――たとえば膚の色が異っていようとも――同じ貧乏人同志が・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・白熊は、自分の毛皮から放射する光線が遠方のカメラのレンズの中に集約されて感光フィルムの上に隠像の記録を作っていることなどは夢にも知らないで、罪のない好奇と驚異の眼をこの浮き島の上の残忍な屠殺者の群れに向けているのである。撮影が終わると待ち兼・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ その湖の岸の北側には屠殺場があって、南側には墓地があった。 学問は静かにしなけれゃいけない。ことの標本ででもあるように、学校は静寂な境に立っていた。 おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、栓を抜い・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・をいうならば、それは一方に真実世界平和のために努力しつつある人々の良心の世界があり、他の一方に、平和のための戦争挑発、平和のための原子兵器、細菌兵器使用をけしかける屠殺者的平和主義者の世界と、この「二つの世界」があるだけである。〔一九五〇年・・・ 宮本百合子 「平和の願いは厳粛である」
出典:青空文庫