・・・近年、西洋において学芸の進歩はことに迅速にして、物理の発明に富むのみならず、その発明したるものを、人事の実際に施して実益を取るの工風、日に新たにして、およそ工場または農作等に用うる機関の類はむろん、日常の手業と名づくべき灌水・割烹・煎茶・点・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・この学問に暗き者は、自から富むも、その富のよって来たるところを知らず、自から貧なるも、その貧をいたせし源由を知らざれば、富者は貧をいたしやすく、貧者は富を得がたし。ゆえに経済書を学ばざるものは、巨万の富豪も無産の貧漢に異ならず。第九・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・今日西洋において仏国盛なり英国富むというといえども、その富のよってきたるところは何処にあるや。竜動に巍々たる大廈石室なり、その市街に来往する肥馬軽車なり、公園の壮麗、寺院の宏大、これを作りてこれを維持するその費用の一部分は、遠く野蛮未開の国・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・一家富まざれば一国富むの日あるべからず。教育の目的、齟齬したるものというべし。 日本の教育がなにゆえにかくも齟齬したるやと尋ぬるに、教育さえ行きとどけば、文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・仏蘭西の南部は葡萄の名所にして酒に富む。而してその本部の人民にははなはだしき酒客を見ざれども、酒に乏しき北部の人が、南部に遊び、またこれに移住するときは、葡萄の美酒に惑溺して自からこれを禁ずるを知らず、ついにその財産生命をもあわせて失う者あ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・簡単なるものにつきて美を求むるは易く、複雑なるものは難し。沈黙せるものを写すは易く、活動せるものは難し。人間の思想、感情の単一なる古代にありて比較的によく天然を写し得たるは易きより入りたる者なるべし。俳句の初めより天然美を発揮したるも偶然に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
イーハトヴは一つの地名である。しいて、その地点を求むるならば、それは、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。じつ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・鶏の肉はただこのように滋養に富むばかりでなく消化もたいへんいいのです。殊に若い鶏の肉ならば、もうほんとうに軟かでおいしいことと云ったら、」先生は一寸唾をのみました、「とてもお話ではわかりません。食べたことのある方はおわかりでしょう。」 ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念は持つべきでないし、同時に、恋愛の本質に素直でそこから自分の誠実さが感じ理解出来るだけのものを余りなく得て全生活を浄め豊かにするだけの、視野の宏大な愛、人間、自分への信任が大切・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ たまらなく可愛いので、やたらに抱くので、もう私と看護婦の手を覚えて、どんなに泣いて居ても、二人の内が抱くと、きっと泣き止む。 成丈、脊髄を曲げない様に、左右の手を同じ様に発育させる様に注意して、ゆったりと胸に抱えあげて、形の好い鼻・・・ 宮本百合子 「暁光」
出典:青空文庫