・・・ふたりは同体に父の背に取りつく。「おんちゃんごはんおあがんなさいって」「おはんなさいははははは」 父は両手を回し、大きな背にまたふたりをおんぶして立った。出口がせまいので少しからだを横にようやく通る窮屈さをいっそう興がって、ふた・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・夫婦は一心同体やぜ」 子供にいいきかすような口調だった。「そんならなぜお母はんに高利の金を貸すんです?」 と、豹一が言うと、「わいに文句あるんやったら出て行ってもらおう」 母親もいっしょにと思ったが、豹一はひとりで飛びだ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・が、胴体と脚は、斜に後方に残っていた。一人が剣鞘で尻を殴った。しかし老人は、感覚を失ったものゝのように動じなかった。彼は、本能的に白樺の下へ行くのを忌避していた。「あ、これだ、これだ!」 丘から下って来た看護卒は、老人が歩いて行く方・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・支那人は、錻力で特別に作らせた、コルセット様の、ぴったりと人間の胴体に合う中が空洞となった容器に、酒精を満し、身肌につけて、上から服を着、何食わぬ顔で河岸からあがってきた。酒精に水をまぜて、火酒として売りつけた。資本主義時代から、飲んだくれ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・可憐な愛嬌ものは、人間をうつ弾丸にやられて、長い耳を持った頭が、無残に胴体からちぎれてしまっていた。恐らく二つの弾丸が一寸ほど間隔をおいて頸にあたったものであろう。 二人は、血がたら/\雪の上に流れて凍って行く獲物を前に置いて、そこで暫・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・背中一ぱいに青い波がゆれて、まっかな薔薇の大輪を、鯖に似て喙の尖った細長い魚が、四匹、花びらにおのが胴体をこすりつけて遊んでいます。田舎の刺青師ゆえ、薔薇の花など手がけたことがない様で、薔薇の大輪、取るに足らぬ猿のお面そっくりで、一時は私も・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 彼は私のわななく胴体をつよく抱き、口早に囁いた。「おどろくなよ。毎日こうなのだ。」「どうなるのだ。みんなおれたちを狙っている。」山で捕われ、この島につくまでの私のむざんな経歴が思い出され、私は下唇を噛みしめた。「見せ物だよ・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・どんなおそろしい胴体でも、こうして、ちゃんと隠してしまえるのですものね。元気を出して、物干場へあがってお日様を険しく見つめ、思わず、深い溜息をいたしました。ラジオ体操の号令が聞えてまいります。私は、ひとりで侘びしく体操はじめて、イッチ、ニッ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・わずかに十六歳の少年は既にこの時分から「運動体の光学」に眼を付け初めていたという事である。後年世界を驚かした仕事はもうこの時から双葉を出し初めていたのである。 彼の公人としての生涯の望みは教員になる事であった。それでチューリヒのポリテキ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫