・・・には、そういう動揺の気配がよくあらわれている。腐敗した古い婦人団体の内部のこと、町の小さい印刷屋の光景、亀戸あたりの托児所の有様などいく分ひろがった社会的な場面をあやどりながら、何かを求めている女主人公朝子の姿が描かれている。朝子が何を求め・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・とくに童謡「停車場」などは、大人のこしらえる童謡につきものである甘たるさ、感傷がちっともなく、子供が眼玉をぐりっとむいて、一生懸命眺めている停車場の感情がそっくり表現の中に生かされていて、たいへん爽快である。「おちば」は、やや長じた子供らに・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・革命前の童謡や、自由詩、そしてその後に生れた子供達がどう云うようなものを作り歌っているか、面白いと思ってます。それから日本などには未だ本当の田園文学と云うようなものはないようですが、ロシヤのその後のものなど興味を感じてます。戦後に非常に衰え・・・ 宮本百合子 「ロシヤに行く心」
・・・アウシュコルンは糸くずのような塵同様なものを拾ったところをかねての敵に見つけられたから、内心すこぶる恥ずかしく思った。そこで手早く上衣の下にこれをかくした。しかる後、これを後ろのポケットの中に入れた、しかる後、何物をかさがすようなふうをして・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・しかしそれがしは不肖にして父同様の御奉公がなりがたいのを、上にもご承知と見えて、知行を割いて弟どもにおつかわしなされた。それがしは故殿様にも御当主にも亡き父にも一族の者どもにも傍輩にも面目がない。かように存じているうち、今日御位牌に御焼香い・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・全身の筋肉が緊縮して、体は板のようになっていて、それが周囲のあらゆる微細な動揺に反応して、痙攣を起す。これは学術上の現症記事ではないから、一々の徴候は書かない。しかし卒業して間もない花房が、まだ頭にそっくり持っていた、内科各論の中の破傷風の・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・私は世界の運動を鵜飼と同様だとは思わないが、急流を下り競いながら、獲物を捕る動作を赤赤と照す篝火の円光を眼にすると、その火の中を貫いてなお灼かれず、しなやかに揺れたわみ、張り切りつつ錯綜する綱の動きもまた、世界の運動の法則とどことなく似てい・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・ここではパートの崩壊、積重、綜合の排列情調の動揺若くはその突感の差異分裂の顫動度合の対立的要素から感覚が閃き出し、主観は語られずに感覚となって整頓せられ爆発する。時として感覚派の多くの作品は古き頭脳の評者から「拵えもの」なる貶称を冠せられる・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・それから余り附合をしないことも同様です。年越の晩には、極まって来ますが、その外の晩にも、冬になるとちょいちょい来て一しょにトッジイを飲んで話して行きます。」「冬になったら、この辺は早く暗くなるだろうね。」「三時半位です。」「早く・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・江戸幕府の文教政策を定め、儒教をもって当時の思想の動揺を押えようとした当時の政治家は、冷静な理論よりもむしろ狂信的な情熱を必要としたのであろう。 林羅山は慶長十二年以後、幕府の文教政策に参画した。その時二十五歳であった。羅山はそれ以前か・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫