・・・と同時に妙子の耳には、丁度銅鑼でも鳴らすような、得体の知れない音楽の声が、かすかに伝わり始めました。これはいつでもアグニの神が、空から降りて来る時に、きっと聞える声なのです。 もうこうなってはいくら我慢しても、睡らずにいることは出来ませ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
成瀬君 君に別れてから、もう一月の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。 君が横浜を出帆した日、銅鑼が鳴って、見送りに来た連中が、皆、梯子伝いに、・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・昔通りのくぐり門をはいって、幅の狭い御影石の石だたみを、玄関の前へ来ると、ここには、式台の柱に、銅鑼が一つ下っている。そばに、手ごろな朱塗の棒まで添えてあるから、これで叩くのかなと思っていると、まだ、それを手にしない中に、玄関の障子のかげに・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・誌を持ち込んで、ジャン・ポール・サルトルの義眼めいた顔の近影を眺めている姿は、一体いかなる不逞なドラ猫に見えるであろうか。 ある大衆作家は「新婚ドライブ競争」というような題の小説を書くほどの神経の逞しさを持っていながら、座談会に出席する・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。 佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。 その証拠に、六・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・』『アハハハハハばかを言ってる、ドラ寝るとしよう、皆さんごゆっくり』と、幸衛門の叔父さん歳よりも早く禿げし頭をなでながら内に入りぬ。『わたしも帰って戦争の夢でも見るかな』と、罪のない若旦那の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・』『ハハハハハ』主人は快く笑って『しかしおいらアいくら逆上せても鉄道往生はご免だ。ドラ床の中で朝まで安楽成仏としようかな。今朝の野郎なんかまだ浮かばれねエでレールの上を迷ってるだろうよ。』『チョッ薄気味の悪イ! ねエもうこんなところ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清泉の岸に立つ、われは汝の声音中にわが昔日の心語を聞き、汝の驚喜して閃く所の眼光裡にわが昔日の快心を読むなり。ああ! われをしてしばしなりとも汝においてわが昔日を観取せしめよ、わが最・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ピアノの鍵盤とピアノの音とが、銅鑼のクローズアップとその音とに交互にカットバックされるところなどあったように記憶する。この映画は全体としてはむしろ失敗であったと思われるが、しかしこういうような手法の試みとしての価値は認めてやらなければならな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・まだ第一の銅鑼の鳴る時刻でない。起きたって仕方がないが別にねむくもない。そこでぐるりと壁の方から寝返りをして窓の方を見てやった。窓の両側から申訳のために金巾だか麻だか得体の分らない窓掛が左右に開かれている。その後に「シャッター」が下りていて・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫