・・・「俺のナイフと交換しようか。」 ほかの声が云った。「いやだよ。そんなもの十銭の値打もすりゃせんじゃないか。」「馬鹿! 片ッ方だけの耳輪にどれだけの値打があるんだ!」 斜丘の中ほどに壊れかけた小屋があった。そこで通訳が向う・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 見ると東坡巾先生は瓢も玉盃も腰にして了って、懐中の紙入から弾機の無い西洋ナイフのような総真鍮製の物を取出して、刃を引出して真直にして少し戻すと手丈夫な真鍮の刀子になった。それを手にして堤下を少しうろついていたが、何か掘っていると思うと・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・ ウイリイはちゃんと犬から教わっているので、ほかのかせより心持色の黒いのをより出し、ポケットからナイフを出して、そのかせを二つにたち切ろうとしました。そうすると、王女はあわてて姿をあらわして、「それを切られると私の命がなくなります。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・「ええただナイフでちょっと切ったばかりなんですから」 二人はこのような話をしながら待っている。築地の根を馬の鈴が下りてゆく。馬を引く女が唄を歌う。 障子を開けてみると、麓の蜜柑畑が更紗の模様のようである。白手拭を被った女たちがち・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 夫の右手にジャックナイフが光っていました。そのナイフは、夫の愛蔵のものでございまして、たしか夫の机の引出しの中にあったので、それではさっき夫が家へ帰るなり何だか引出しを掻きまわしていたようでしたが、かねてこんな事になるのを予期して、ナ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・林檎の皮をむかせても、むきながら何を考えているのか、二度も三度も手を休めて、おい、とその度毎にきびしく声を掛けてやらないと、片手に林檎、片手にナイフを持ったまま、いつまでも、ぼんやりしているのだ。足りないのではないか、と思われた。台所で、何・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・覚えがあるよ。ナイフでも、振り上げないことには、どうにも、形がつかなくなったのだろう?」 佐伯は、黙って一歩、私に近寄った。私は、さらに大いに笑った。佐伯は、ナイフを持ち直した。その時、熊本君は、佐伯の背後からむずと組み附いて、「待・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ おれはそいつのふくらんだ腹を見て、ポッケットに入れていたナイフを出してそのナイフに付いていた十二本の刃を十二本ともそいつの腹へずぶりと刺した。腹の持主はぐっとも言わない。日本人のやる腹切りのようなわけだ。そしてぐいと引き廻して、腹の中・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・愛人の兵士が席を立ったあとで女がただ一人ナイフとカルタをいじっている。この無意識なそうして表面平静な挙動の奥にあばれている心のあらしを、隣室から響くピアノの単純なようで込み入った抑揚が細かに描いて行く。そうして食卓の上に刻まれた彼女自身の名・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それが友だちと二人で悪漢の銀行破りの現場に虜になって後ろ手に縛られていながら、巧みにナイフを使って火災報知器の導線を短絡させて消防隊を呼び寄せるが、火の手が見えないのでせっかく来た消防が引き上げてしまう。それでもう一ぺん同じように警報を発し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫