・・・わたくしはそれを直して進ぜようと思って参りました」「いかにも言われる通りで、その頭痛のために出立の日を延ばそうかと思っていますが、どうして直してくれられるつもりか。何か薬方でもご存じか」「いや。四大の身を悩ます病は幻でございます。た・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 籠堂に寝て、あくる朝目がさめると、直衣に烏帽子を着て指貫をはいた老人が、枕もとに立っていて言った。「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せてくれい。おれは娘の病気の平癒を祈るために、ゆうべここに参籠した。する・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・が、またすぐ坐り直し、玄関の戸を開け加減の音を聞いていた。この戸の音と足音と一致していないときは、梶は自分から出て行かない習慣があったからである。間もなく戸が開けられた。「御免下さい。」 初めから声まで今日の客は、すべて一貫したリズ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・という地方なまりをひき直したものらしい、といわれた。この着眼にはわたくしは少なからず驚かされたのである。わたくし自身もこの言い回しが著しく目立って来たことには気づいていたが、しかしこれが格はずれの用法であるとは全然思い及ばなかった。先生の説・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫