・・・そして、その名残にこの街の中の光景をできるだけよく見ておこうと思いました。ある太陽の輝く、よく晴れた日の午前のことでありました。白いかもめは、都の空を一まわりいたしました。すると、大きな木のこんもりとした社の境内を下にながめました。子供らが・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・そして、真っ赤に、入り日の名残の地平線を染めていますのが、しだいしだいに、波に洗われるように、うすれていったのでありました。 おじいさんは、ほとんど、毎日のようにここにきて、同じ石の上に腰を下ろしました。そして、沖の暮れ方の景色に見とれ・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・で、礼も述べたし、名残も惜しみたし、いろいろ言いたいこともあったが、傍にいた万年屋の女房がそうはさせておかなかった。「本当かね、お前さん、あまり出抜けで、私も担がれるような気がするよ。じゃ、本当に立つとすると、今日何時だね。」「これ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・て、其地で芝居をうっていたことがあった、その時にその俳優が泊っていた宿屋に、その時十九になる娘があったが、何時しかその俳優と娘との間には、浅からぬ関係を生じたのである、ところが俳優も旅の身故、娘と種々名残を惜んで、やがて、己は金沢を出発して・・・ 小山内薫 「因果」
・・・と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りましょうか。と畳みたる枕を抱えながら立ち上る。そんなことを言わずに、これ、出してくれよと下から出れば、ここぞという見得に勇み立ちて威丈高に、私はお湯に参ります。奥村さんに出しておもらいなさいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・潮遠く引きさりしあとに残るは朽ちたる板、縁欠けたる椀、竹の片、木の片、柄の折れし柄杓などのいろいろ、皆な一昨日の夜の荒の名残なるべし。童らはいちいちこれらを拾いあつめぬ。集めてこれを水ぎわを去るほどよき処、乾ける砂を撰びて積みたり。つみし物・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・さらにその特点をいえば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ちあって、緩やかにうずを巻いているようにも思われる。 見たまえ、そこに片眼の犬が蹲っている。この犬の名の通っているかぎりがすなわちこの町外れの領分である。 見た・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・さらにその特点をいえば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ちあって、緩やかにうずを巻いているようにも思われる。 見たまえ、そこに片眼の犬が蹲っている。この犬の名の通っているかぎりがすなわちこの町外れの領分である。 見た・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・吉永が、温かい茶をのみながら、リーザと名残を惜んでいるかも知れない。やせぎすな、小柄なリーザに、イイシまで一緒に行くことをすすめているだろう。多分、彼も、何かリーザが喜びそうなものを買って持って行っているのに違いない。武石は、小皺のよった、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・その面上にははや不快の雲は名残無く吹き掃われて、その眼は晴やかに澄んで見えた。この僅少の間に主人はその心の傾きを一転したと見えた。「ハハハハ、云うてしまおう、云うてしまおう。一人で物をおもう事はないのだ、話して笑ってしまえばそれで済むの・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫