・・・ 田舎の人達は、どんなにして働いたか、西瓜を作り、南瓜を作り、茄子を作り、芋を作るのに、どんなに汗水を滴らして働いたか。 また、林檎を栽培し、蜜柑、梨子、柿を完全に成熟さして、それを摘むまでに、どれ程の労力を費したか。彼等は、この辛・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、どちらが元祖かちょっとわからぬが、とにかくどちらもいもりをはじめとして、虎足、縞蛇、ばい、蠑螺、山蟹、猪肝、蝉脱皮、泥亀頭、手、牛歯、蓮根、茄子、桃、南天賓などの黒焼を売っているの・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そのために手当を貰っているという説を成すものもあった。私は手当云々は信じられなかったが、しかし自治委員の前では自分の思う所を述べられないと思った。が、たった一つ彼等の眼をくらますことの出来ないものがあった。それは私の髪の毛である。ある日それ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・そこを助けたのが、丹造今日の大を成すに与って力のあった古座谷某である。古座谷はかつて最高学府に学び、上海にも遊び、筆硯を以って生活をしたこともある人物で、当時は土佐堀の某所でささやかな印刷業を営んでいた……。 まず無難な書き方だ。あとで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・だいいち、褒めるより、けなす方が易しいのでんで、文章からして「真相をあばく」の方が、いくらか下品にしろ、妙味があった。話の序でだから、この一部をそこへ挿むことにしよう。 ――もともと出鱈目と駄法螺をもって、信条としている彼の言ゆえ、信ず・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・今のところ、せっせと書けば、食うに困るというほどでもないが、没落した家を再興し、産を成すようなタイプとは、私は正反対の人間だ。今は食うに困らなくても、やがて私もまた父と同じように身を亡ぼしてしまうかも知れない。そして、それは酒のためではない・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・神経衰弱の八割までは眼の屈折異常と関係があるという説を成す医者もあるくらいだから――、とこんな風に僕は我田引水し、これも眼の良い杉山平一などとグルになって、他の眼鏡の使用を必要とする友人を掴えて、さも大発見のようにこの説を唱えて、相手をくさ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・昔を今に成す由もないからな。 しかし彼時親類共の態度が余程妙だった。「何だ、馬鹿奴! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様な音が出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下から、如何して彼様な毒口が云えた? あい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ げに見すぼらしき後ろ影、蓬なす頭、色あせし衣、われはしばしこれを見送りてたたずみぬ。この哀れなる姿をめぐりて漂う調べの身にしみし時、霧雨のなごり冷ややかに顔をかすめし時、一陣の風木立ちを過ぎて夕闇嘯きし時、この切那われはこの姉妹の行く・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・一つの行為をなすまいと思えば為さずにすんだのに、為したという意味である。しかし反省すればこれは不思議なことである。意志決定の際、われわれはさまざまの動機の中から一つの動機を選択してこれを目標としたのだ。しかしこの際それらの動機がそれぞれの強・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫