・・・ですから、どんな難儀に遇っても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も怯まずに進んで参りました。これは勿論私一人の、能くする所ではございません。皆天地の御主、あなたの御恵でございます。が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・「それはさぞかし御難儀だったでしょう。御食事は勿論、御召し物さえ、御不自由勝ちに違いありませんから。」「いや、衣食は春秋二度ずつ、肥前の国鹿瀬の荘から、少将のもとへ送って来た。鹿瀬の荘は少将の舅、平の教盛の所領の地じゃ。その上おれは・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・脅かすような父の顔も、歎くような母の顔も、怨むようなオッタヴィアナの顔も見る見る変って、眼に逼る難儀を救ってくれと、恥も忘れて叫ばんばかりにゆがめた口を開いている。しかし三人とも声は立てずに死のように静かで陰鬱だった。クララは芝生の上からそ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・――積雪のために汽車が留って難儀をすると言えば――旅籠は取らないで、すぐにお米さんの許へ、そうだ、行って行けなそうな事はない、が、しかし……と、そんな事を思って、早や壁も天井も雪の空のようになった停車場に、しばらく考えていましたが、余り不躾・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・それからは、見た目にも道わるで、無理に自動車を通した処で、歩行くより難儀らしいから下りたんですがね――饂飩酒場の女給も、女房さんらしいのも――その赤い一行は、さあ、何だか分らない、と言う。しかし、お小姓に、太刀のように鉄砲を持たしていれば、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「判った、判った。もう泣きな、泣きな。ミネちゃんが泣くと、おっさんまで泣きとなる」 しかし、なかなか泣きやまなかった。「難儀やなア。もう泣きな。おっさんが今おもろい話聴かしたるさかい、涙拭いて聴きや」 そして、小声で落語を語・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・死骸はわずか一間と隔てぬ所に在るのだけれど、その一間が時に取っては十里よりも……遠いのではないが、難儀だ。けれども、如何仕様も無い、這って行く外はない。咽喉は熱して焦げるよう。寧そ水を飲まぬ方が手短に片付くとは思いながら、それでも若しやに覊・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・山路三里は子供には少し難儀で初めのうちこそ母よりも先に勇ましく飛んだり跳ねたり、田溝の鮒に石を投げたりして参りますが峠にかかる半ほどでへこたれてしまいました。それを母が励まして絶頂の茶屋に休んで峠餅とか言いまして茶屋の婆が一人ぎめの名物を喰・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・なるほど、火、火とのみ云って、火の芸術のみを難儀のもののように思っていたのは浅はかであったと悟った。「なるほど。何の道にも苦しい瀬戸はある。有難い。お蔭で世界を広くしました。」と心からしみじみ礼を云って頭を畳へすりつけた。中村も悦ば・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・のお頭顱とかけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞いたら、地が透いて赤く見えますと云って笑い転げたが、そう云われたッて腹も立てないような年になって、こんなことを云い出しちゃあ可笑いが、難儀をした旅行の談と同じことで、今のこと・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫