・・・ 父は塗師職であった。 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。 貧乏寺の一間・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ お米といって、これはそのおじさん、辻町糸七――の従姉で、一昨年世を去ったお京の娘で、土地に老鋪の塗師屋なにがしの妻女である。 撫でつけの水々しく利いた、おとなしい、静な円髷で、頸脚がすっきりしている。雪国の冬だけれども、天気は好し・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・それをすすめた人間は大和で塗師をしている男でその縄をどうして手に入れたかという話を吉田にして聞かせた。 それはその町に一人の鰥夫の肺病患者があって、その男は病気が重ったままほとんど手当をする人もなく、一軒の荒ら家に捨て置かれてあったので・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫