・・・獣は所謂駭き心になって急に奔ったり、懼れの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合には咬みつこうか、はたきつけようかと、恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせることを忘れぬであろう。 応仁、文明、長享、延徳を歴て、今・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・とおりに何かへんな物音がすると、すぐにとんでいって、じいっと見きわめをつけ何でもないとわかればのそのそかえって、店先にすわっているという調子です。 日がはいると、肉屋はくちぶえをならしてよび入れました。そして、やさしく背中をたたいたあと・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・何千年も前に、既に地球上から影を消したものとばかり思われていた古代の怪物が、生きてのそのそ歩いている、ああ、ニッポンに大サンショウウオ生存す、と世界中の学界に打電いたしました。世界中の学者もこれには、めんくらった。うそだろう、シーボルトとい・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・、つつましい一家族の、おそらくは五、六人のひとを悲惨の境遇に蹴落すのだということに思いいたり、私は鎌倉駅まえの花やかな街道の入口まで来て、くるりと廻れ右して、たったいま、とおって来たばかりの小暗き路をのそのそ歩いた。駅の附近のバアのラジオは・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は、のそのそ歩いている自分を、いよいよ恥ずかしく思った。 出来れば、きょうすぐ東京へ帰りたかった。けれども、汽船の都合が悪い。明朝、八時に夷港から、おけさ丸が出る。それまで待たなければ、いけない。佐渡には、もう一つ、小木という町もある・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・朝日を受けて金色にかがやく断崖を一匹の猿がのそのそと降りて来るのだ。私のからだの中でそれまで眠らされていたものが、いちどにきらっと光り出した。「降りて来い。枝を折ったのはおれだ。」「それは、おれの木だ。」 崖を降りつくした彼は、・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・どこまでも忠実に付従して来るはいいとしても、まさかに手洗い所までものそのそついて来られては迷惑を感じるに相違ない。 ニュートンの光学が波動説の普及を妨げたとか、ラプラスの権威が熱の機械論の発達に邪魔になったとかという事はよく耳にする事で・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・すると、おやじはのそのそ立ち上がり、「氷を持って来い」といいすてて二階へ上がる。 その前の場面にもこの主人がマダムに氷を持って来いといって二階へ引っ込む場面がある。そのときマダムは「フン」といったような顔をして、まるで歯牙にかけないで、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
上野の動物園の象が花屋敷へ引っ越して行って、そこで既往何十年とかの間縛られていた足の鎖を解いてもらって、久しぶりでのそのそと檻の内を散歩している、という事である。話を聞くだけでもなんだかいい気持ちである。肩の凝りが解けたよ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・そしてちょっと鋏に触れるとそれで満足したようにのそのそ向こうへ行って植え込みの八つ手の下で蝶をねらったり、蝦蟇をからかったりしていた。 蝦蟇ではいちばん始めに失敗したようである。たぶん食いつこうとしてどうかされたものと見えて口から白いよ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫