・・・遠くから望むと一群の林のような観をなしていたが、民友社にも種々異った意見を持った人が混っていて、透谷君の激しい論戦は主に民友社の徳富蘇峰氏、山路愛山氏などを対手取ったものであった。でも愛山氏などは、殆んど正反対に立った論敵ではあったが、一面・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ これらの點より推さばこの傳説作者は、天地人三才の思想を背景にして、之を創作せるものなるべく、漢人殊に儒教が天子に望む所は公明正大、その間に一點の私を插むなからんことなれば、この理想を堯に托してその禪讓をつくり、人道の理想を舜に、勤勉の・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
大貧に、大正義、望むべからず ――フランソワ・ヴィヨン 第一回 一つの作品を、ひどく恥ずかしく思いながらも、この世の中に生きてゆく義務として、雑誌社に送ってしまった後・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・そして一体天才の出現を無制限に望むのがいいか悪いかという根本問題に触れたところで、アインシュタインの独特な社会観をほのめかしている。しかしこれらの点の紹介は他の機会に譲ることにしたい。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・の演奏を写したものであったが、これを見ながら聴きながら考えたことは、自分がベルリンへ行って実地に臨むよりもこうした映画で鑑賞する方が十倍も百倍も面白いのではないかということであった。第一、実地ではこんなに演奏者を八方から色々の距離と角度で眺・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・にはやはり父に連れられて高知浦戸湾の入口に臨む種崎の浜に間借りをして出かけた。以前に宅に奉公していた女中の家だったか、あるいはその親類の家だったような気がする。夕方この地方には名物の夕凪の時刻に門内の広い空地の真中へ縁台のようなものを据えて・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・もしこれと同じ要領でデパート火事の階段に臨むものとすれば階段は瞬時に生きた人間の「栓」で閉塞されるであろう。そうしてその結果は世にも目ざましき大量殺人事件となって世界の耳口を聳動するであろうことは真に火を見るよりも明らかである。このような実・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ こういうふうに考えて来ると世事の交渉を回避する学者や、義理の拘束から逃走する芸術家を営巣繁殖期に入った鳥の類だと思って、いくぶんの寛恕をもってこれに臨むということもできるかもしれない。 九 東京市電気局の争・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・あれほど望む結婚なら、もっと何とかできそうなものだ。あれではまるでこっちの親類を背景にして、ふみ江さんをもらったようなもんだからな」「え、あの人両親の前では、何にも言えないんです」「しかし、もうそうなっちゃ、どちらもおもしろくなかろ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 池の端を描いた清親の板画は雪に埋れた枯葦の間から湖心遥に一点の花かとも見える弁財天の赤い祠を望むところ、一人の芸者が箱屋を伴い吹雪に傘をつぼめながら柳のかげなる石橋を渡って行く景である。この板画の制作せられたのは明治十二三年のころであ・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫