・・・秀才、はざま貫一、勉学を廃止して、ゆたかな金貸し業をこころざしたというテエマは、これは今のかずかずの新聞小説よりも、いっそう切実なる世の中の断面を見せて呉れる。 私、いま、自らすすんで、君がかなしき藁半紙に、わが心臓つかみ出したる詩を、・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・に因る歟然り寔に其の文の巧妙なるには因ると雖も彼の圓朝の叟の如きはもと文壇の人にあらねば操觚を学びし人とも覚えずしかるを尚よく斯の如く一吐一言文をなして彼の爲永の翁を走らせ彼の式亭の叟をあざむく此の好稗史をものすることいと訝しきに似たりと雖・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうであろうか、市内の家屋構造は一変してしまい、地震研究所の官制は廃止になるであろう。 映画の世界では実際に、ある度までは、この時間の尺度が自由に変更されうるのは周・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ガス分子論の胚子はルクレチウスの夢みた所である。ニュートンの微粒子説は倒れたが、これに代るべき微粒子輻射は近代に生れ出た。破天荒と考えられる素量説のごときも二十世紀の特産物ではないようである。エピナスの古い考えはケルビン、タムソンの原子説を・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ 人間その他多くの動物の胚子は始めは球形である。そうして、その一方が凹入して壺形になるのが発生の第一階段である。粘土のかたまりから壺にできて行くのは外見上いくらかこれと似た過程であるが、しかし生物の胚子の場合に陶工の手の役目をつとめるも・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そういう時に彼の頭には色々の独創的な考えの胚子が浮んで来るのらしい。彼はそういう考えを書き止めておいては、それを丁寧に保存し整理しては追究して行くそうである。いかにもこの人にふさわしいやり方だと思う。過去の仕事のカタログを製したりするよりは・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・はだんだん廃止される。最近にはまた勉強の活勢力を得るための潜勢力を養うべき「怠け日」であった暑中休暇も廃止されるくらいであるから。 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・を築いて花を供えたりして、そういう場合におとなの味わう機微な感情の胚子に類したものを味わっているらしく見える。子供が虫をつかまえたり、いじめたり殺したりするのは、やはりいわゆる種属的記憶と称するものの一つでもあろうか。このような記憶あるいは・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・すると、その翌年は正月がたいそう暖かくて廻礼廃止理由の成立が少々怪しくなったようであった。 年賀に行くと大抵応接間か客座敷に通されるのであるが、そうした部屋は先客がない限り全く火の気がなくて永いこと冷却されていた歴史をもった部屋である。・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・それを握んで明るみへ引出して展開させるとそこからまた次に来る世界の胚子が生れる。 それをするにはやはり前句に対する同情がなければ出来ない。どんな句にでも、云い換えるとどんな「人間」にでも同情し得るだけの心の広さがなくてはいい俳諧は出来な・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫