・・・こう見ねえ、斯うやって這いずって居る蠅を見て居ると、己れっちよりゃ些度計り甘めえ汁を嘗めているらしいや。暑さにもめげずにぴんぴんしたものだ。黒茶にレモン一片入れて飲め無えじゃ、人間って名は附けられ無えかも知れ無えや。 昨夕もよ、空腹を抱・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・その大さ、大洋の只中に計り知れぬが、巨大なるえいの浮いたので、近々と嘲けるような黄色な目、二丈にも余る青い口で、ニヤリとしてやがて沈んだ。海の魔宮の侍女であろう。その消えた後も、人の目の幻に、船の帆は少時その萌黄の油を塗った。……「畳で言い・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・いやいや、余り山男の風説をすると、天井から毛だらけなのをぶら下げずとも計り難し。この例本所の脚洗い屋敷にあり。東京なりとて油断はならず。また、恐しきは、猿の経立、お犬の経立は恐しきものなり。お犬とは狼のことなり。山口の村に近き二ツ石・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 舳櫓を押せる船子は慌てず、躁がず、舞上げ、舞下る浪の呼吸を量りて、浮きつ沈みつ、秘術を尽して漕ぎたりしが、また一時暴増る風の下に、瞻るばかりの高浪立ちて、ただ一呑と屏風倒に頽れんずる凄じさに、剛気の船子もあなやと驚き、腕の力を失う隙に・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・天候の変化や朝夕の人の心にふさわしき器物の取なしや配合調和の間に新意をまじえ、古書を賞し古墨跡を味い、主客の対話起座の態度等一に快適を旨とするのである、目に偏せず、口に偏せず、耳に偏せず、濃淡宜しきを計り、集散度に適す、極めて複雑の趣味を綜・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・』『二百五十メートル以内――只今計りました。』『じゃア、やれ! 沈着に発砲せい!』『よろしい!』て、二人ともずどんずどん一生懸命になって二三十発つづけざまに発砲した。之に応じて、当の目あてからは勿論、盤龍山、鷄冠山からも砲弾は雨・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・優を想わしめるジャラクラした沼南夫人が長い留守中の孤独に堪えられなかったというは、さもありそうな気もするが、マサカに世間で評判するようなソンナ不品行もあるまいと、U氏の島田のワイフの咄というのが何とも計りかねてU氏の口の開くのを待ってると、・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、既に右眼の視力を奪われたからには、霜を踏んで堅氷到るで、左眼もまたいつ同じ運命に襲われるかも計り難いのは予期されるので、決して無関心ではいられなかったろう。それにもかかわらず絶倫の精力を持続して『八犬伝』以外『美少年録』をも『侠客伝』を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・又この頃自由教育云々に就てある知事とある教育者とが争った事があるが、今日に至ってまだ学校教育を政治の上から云為せんとするそれらの人が、どれだけ人間性の発達上又文化の開展上に禍して居るかは、誠に計り知れない。 恁う考えて来るとそんな強い力・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・あらず、いかで自殺なる二字をもってこの二人の怪しき挙動の秘密を解き得べきぞ、貴嬢がいわゆる人とは自ら生きんことを計り自ら死なんことを謀る動物なるべし、この二つの一つを出でざる動物なるべし。 間もなく振動は全くやみぬ。われら急に内に入りて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫