・・・なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・もう一人の従弟のT君はこの春突然やってきて二晩泊って行ったが、つい二三日前北海道のある市の未決監から封緘葉書のたよりをよこした。 ――その後は御無沙汰しておりました。七月号K誌おみくじの作を拝見し、それに対するいたずら書きさしあげて以来・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・「追而葬式の儀はいっさい簡略いたし――と葉書で通知もしてあるんだから、いっそ何もかも略式ということにしてふだんのままでやっちまおうじゃないか。せっかく大事なお経にでもかかろうというような場合に、集った人に滑稽な感じを与えても困るからね」・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 彼はある日葉書へそんなことを書いてしまった、もちろん遊戯ではあったが。そしてこの日頃の昼となし夜となしに、時どきふと感じる気持のむずかゆさを幾分はかせたような気がした。夜、静かに寝られないでいると、空を五位が啼いて通った。ふと・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・郵便局で葉書を買って、家へ金の礼と友達へ無沙汰の詫を書く。机の前ではどうしても書けなかったのが割合すらすら書けた。 古本屋と思って入った本屋は新しい本ばかりの店であった。店に誰もいなかったのが自分の足音で一人奥から出て来た。仕方なしに一・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、「この写真を何と云って呉れたい?」とへへら笑うように云った。「何も云いやしません。」「こいつにでもなか/\金を入れとるだろう。……偽せ札でもこしらえんけ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 翌日の午後、従弟から葉書が来た。県立中学に多分合格しているだろうが、若し駄目だったら、私立中学の入学試験を受けるために、成績が分るまで子供は帰らせずに、引きとめている。ということだった。「もう通らなんだら、私立を受けさしてまで中学・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた。それから次の日にモウ一度読ませた。次の手紙が来る迄、その同じ手紙を何べんも読むことにした。 * とり入れの済んだ頃、母親とお安・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・書信 封緘葉書二枚。着物の宅下げ願。 運動は一日一度――二十分。入浴は一週二度、理髪は一週一度、診察が一日置きにある。一日置きに診察して貰えるので、時にはまるで「お抱え医者」を侍らしているゼイタクな気持を俺だちに起させること・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の男はもどかしがり・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫