・・・しかしおげんは久しぶりで東京の方に居る弟の熊吉に宛てた葉書を書く気になったほど、心持の好い日を迎えた。おげんは女らしい字を書いたが、とかく手が震えて、これまでめったに筆も持たなかった。書いて見れば、書けて、その弟にやる葉書を自分で眺めても、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・私は、かねて山田君から教えられていた先方のお家へ、速達の葉書を発した。ただいま友人、大隅忠太郎君から、結納ならびに華燭の典の次第に就き電報を以て至急の依頼を受けましたが、ただちに貴門を訪れ御相談申上げたく、ついては御都合よろしき日時、ならび・・・ 太宰治 「佳日」
・・・もう幾月か立ったので、なんに附けても悪く言う。葉書が来ない。そりゃ高慢になった。来た。そりゃ見せびらかす。チルナウエルの身になっては、どうして好いか分からない。 竜騎兵中尉も消え失せたようにいなくなった。いつも盛んな事ばかりして、人に評・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ラインゴルドで午食をして、ヨスチイで珈琲を飲んで、なんにするという思案もなく、赤い薔薇のブケエを買って、その外にも鹿の角を二組、コブレンツの名所絵のある画葉書を百枚買った。そのあとでエルトハイムに寄って新しい襟を買ったのであった。 晩に・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・よごれた畳破れた建具を見まわしていたが、急に思いついて端書を書いた、久し振りで黒田にこんな事を書いてやった。……東京は雪がふった。千駄木の泥濘はまだ乾かぬ。これが乾くと西風が砂を捲く。この泥に重い靴を引きずり、この西風に逆らうだけで・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・返事には端書が一枚来た。その文句は、有難う、いずれ拝顔の上とか何とかあるだけで、すこぶる簡単かつあっさりしていた。ちっとも「其面影」流でないのには驚いた。長谷川君の書に一種の風韻のある事もその時始めて知った。しかしその書体もけっして「其面影・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・それから勲章をお貰いになったお祝を申上げた時、お葉書を一度下さいましたっけ。それにわたくしはどうでございましょう。 わたくしはあなたの記念を心の隅の方に、内証で大切にしまって置いて、昔のようになんの幸福もなしに暮らしていました。それから・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・の中扉のカットを挿入 1 どんぐりと山猫山猫拝と書いたおかしな葉書が来たので、こどもが山の風の中へ出かけて行くはなし。必ず比較をされなければならないいまの学童たちの内奥からの反響です。 2 狼森と笊森、盗森人と森・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 女中に、 私の処へ手紙が来てないかい。ときく。書生にも同じ事を聞く。 十二時すぎに、待ち兼ねて居たものが来た。 葉書の走り書きで、今日の午後に来ると云ってよこしたんで急に書斎でも飾って見る気になる。 机の引・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・これを記している処へ、丁度宮崎虎之助さんの葉書が来た。「合掌礼拝。森君よ。ずっと向うに見えて居るのは何でしょう。あれは死ですね。最も賢き人は死を確と認めて居ますね。十二月七日。祈祷。」 次にわたくしは芥川氏に聞いた二三の雑事をしるして置・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫