・・・我々は、そういう人も何時かはその二重の生活を統一し、徹底しようとする要求に出会うものと信じて、何処までも将来の日本人の生活についての信念を力強く把持して行くべきであると思う。 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 五 神巫たちは、数々、顕霊を示し、幽冥を通じて、俗人を驚かし、郷土に一種の権力をさえ把持すること、今も昔に、そんなにかわりなく、奥羽地方は、特に多い、と聞く。 むかし、秋田何代かの太守が郊外に逍遥した。小や・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 二葉亭の頭は根が治国平天下の治者思想で叩き上げられ、一度は軍人をも志願した位だから、ヒューマニチーの福音を説きつつもなお権力の信仰を把持して、“Might is right”の信条を忘れなかった。貴族や富豪に虐げられる下層階級者に同情・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・『野を散歩す日暖かにして小春の季節なり。櫨紅葉は半ば散りて半ば枝に残りたる、風吹くごとに閃めき飛ぶ。海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群、飛び回る。水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・彼はその活きたくにへの愛護の本能によって、大蒙古の侵逼を直覚し、この厄難から、祖国を守らんがために、身の危険を忘れて、時の政権の把持者を警諫した。彼は国本を正しくすることによって、世を済い、人間の精神を建てなおすことによって国を建てなおそう・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・水ぎわにちらほらと三葉四葉ついた櫨の実生えが、真赤な色に染っている。自分が近づけば、水の面が小砂を投げたように痺れを打つ。「おや、みんな沈みました」と藤さんがいう。自分は、水を隔てて斜に向き合って芝生に踞む。手を延ばすなら、藤さんの膝に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・鉄骨ペンキ塗りの展望塔がすっかり板に付いて見える。黄櫨や山葡萄が紅葉しており、池には白い睡蓮が咲いている。駒ヶ岳は先年の噴火の時に浴びた灰と軽石で新しく化粧されて、触ったらまだ熱そうに見える。首のない大きなライオンが北向きに坐っているような・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・これはまた吾人が個々の印象を把持する記憶の能力の薄弱なためとも言われよう。 忘却という事がなかったら記憶という事は成り立たないと心理学者は言う。忘却というものがなかったら生きていられないと詩人は叫ぶ。 もし記憶の衰退率がどうにかなっ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・観察の公平無私ならんことを希うのあまり、強いて冷静の態度を把持することは、却て臆断の過に陥りやすい。僕等は宗教家でもなければ道徳家でもない。人物を看るに当って必しも善悪邪正の判決を求めるものではない。唯人物を能く看ることが出来れば、それでよ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・人生の全局面を蔽う大輪廓を描いて、未来をその中に追い込もうとするよりも、茫漠たる輪廓中の一小片を堅固に把持して、其処に自然主義の恒久を認識してもらう方が彼らのために得策ではなかろうかと思う。――明治四三、七、二三『東京朝日新聞』――・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
出典:青空文庫