・・・まして上行菩薩を自覚してる彼が、国を憂い、世を嘆いて、何の私慾もない熱誠のほとばしりに、舌端火を発するとき、とりまく群衆の心に燃えうつらないわけにはいかなかったろう。彼の帰依者はまし、反響は大きくなった。そこで弘長元年五月十二日幕吏は突如と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反抗的な声だった。彼は「何をするのだ! 俺がどうして斬られるようなことをしたんだ!」と、叫んでいるようだった。 栗島は、次の瞬間、老人が穴の中へとびこんでいるの・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 通訳は攻撃命令を発する際に、村の住民の性質を説明してこう云った。通訳は、内気な初心い男だった。彼はいい百姓が住んどるんです、とはっきり、云い切ることが出来なかった。大隊長は、ここがユフカで、過激派がいることだけを耳にとめた。それ以外、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・なるほどなるほど、味噌は巧く板に馴染んでいるから剥落もせず、よい工合に少し焦げて、人の※意を催させる香気を発する。同じようなのが二枚出来たところで、味噌の方を腹合せにしてちょっと紙に包んで、それでもう事は了した。 その翌日になった。照り・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・感情が測られず、超常的言語など発するというのは、もともと普通凡庸の世界を出たいというので修業したのだから、修業を積めばそうなるのは当然の道理で、ここが慥に魔法の有難いところである。政元からいえば、どうも変だ、少し怪しい、などといっている奴は・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ そっちから派遣されてきたオルグの、懲役五年を求刑されていた黒田という人は、立ち上って、「裁判長がそのような問いを発すること自体が、われ/\*****を**するものである。******というものは後で考えていて間違っていたから**すると・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗の笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を、はばからず発するのである。ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無い・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ふと顔をあげてそんな突拍子ない質問を発する私のかおは、たしかに罪人、被告、卑屈な笑いをさえ浮べていたと記憶する。「ええ、もう、どうやら」くったくなく、そうほがらかに答えて、お巡りはハンケチで額の汗をぬぐって、「かまいませんでしょうか。こ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・そしてこういう声を出さずに口だけ動かす読み方では子音を発するに必要な細かい調節はよほど省略されている。云い換えてみると、ただ母音だけを出す真似をすれば歌の口調の特徴がかなりよく分るのである。 それでもし各種母音に相当する口腔の形状大小を・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・頭の上で両手を交差して、一点の弧光から発する光でスクリーンに影を映すだけのことであるが、それは実に驚くべき入神の技であった。小猿が二匹向かい合って蚤をとり合ったりけんかをしたりするのが、どうしても本物としか思われないのに、それはやはりただな・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫