・・・国語の柔軟なる、冗長なるに飽きはてて簡勁なる、豪壮なる漢語もてわが不足を補いたり。先に其角一派が苦辛して失敗に終りし事業は蕪村によって容易に成就せられたり。衆人の攻撃も慮るところにあらず、美は簡単なりという古来の標準も棄てて顧みず、卓然とし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの鶯いろの原のはてから熔けたようなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉の中の朱、一きれの光るものが現われました。 天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌しました。 それは太・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、「あわれやむすめ、父親が、 旅で果てたと聞いたなら」と哀れな声で歌い出しました。「えい。やかましい。じたばたするな。」と蜘蛛が云いました。するとか・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・その人々は、この一望果てない青田を見て、そこに白く光った白米の粒々を想像し、価のつり上りを想像し、満足を感じていたかもしれない。けれども、私は、行けども行けどもつきない稲田の間を駛りつつ、いうにいえない心もちがした。これほどの稲、これほどの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・あげくのはてが自分の心をおもちゃにしてクルリッともんどりうたしてそれを自分でおどろいてそのまんま冥府へにわかじたての居候となり下る。妙なものじゃ。第一の精霊 その様に覚ったことは云わぬものじゃよ。どこの御仁かわしゃ得知らんがあの精女の白・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・女たちは涙を流して、こうなり果てて死ぬるからは、世の中に誰一人菩提を弔うてくれるものもあるまい、どうぞ思い出したら、一遍の回向をしてもらいたいと頼んだ。子供たちは門外へ一足も出されぬので、ふだん優しくしてくれた柄本の女房を見て、右左から取り・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 王族広間の上のはてに往き着きたまいて、国々の公使、またはその夫人などこれを囲むとき、かねて高廊の上に控えたる狙撃連隊の楽人がひと声鳴らす鼓とともに「ポロネエズ」という舞はじまりぬ。こはただおのおの右手にあいての婦人の指をつまみて、この・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・ はや下ななつさがりだろう、日は函根の山の端に近寄ッて儀式とおり茜色の光線を吐き始めると末野はすこしずつ薄樺の隈を加えて、遠山も、毒でも飲んだかだんだんと紫になり、原の果てには夕暮の蒸発気がしきりに逃水をこしらえている。ころは秋。そここ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・これは足利の定紋じゃ。はて心地よいわ」と言われて若いのもうなずいて、「そうじゃ。むごいありさまでおじゃるわ。あの先年の大合戦の跡でおじゃろうが、跡を取り収める人もなくて……」「女々しいこと。何でおじゃる。思い出しても二方(新田義宗と・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「程なく今の世に万の道すたれ果て、名をえたる人ひとりも聞え侍らぬにて思ひ合はするに、応永の比、永享年中に、諸道の明匠出うせ侍るにや。今より後の世には、その比は延喜一条院の御代などの如くしのび侍るべく哉」。すなわち応永、永享は室町時代の絶頂で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫