・・・見る間に次へ次へと波動が伝わる様にもある。動く度に舌の摩れ合う音でもあろう微かな声が出る。微かではあるが只一つの声ではない、漸く鼓膜に響く位の静かな音のうちに――無数の音が交っている。耳に落つる一の音が聴けば聴く程多くの音がかたまって出来上・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・人には何らの影響を与えざるのみならず、そのインデペンデントは人の感情を害し、法則というものに一種の波動を起して、人に一種の不愉快を醸させるに過ぎないのであります。それではどんな風な深い背景を有っていなければならないかというと、例えば非常に個・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ あとはもう聞えないくらいの低い物言いで隣りの主人からは安心に似たようなしずかな波動がだんだんはっきりなった月あかりのなかを流れて来た。そして富沢はまたとろとろした。次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・しかし、さらにもう一歩踏みこんで、もっと科学的な方法で、一定の労働、その労働によるエネルギーの消耗、それに応じて一定の色彩に対する感覚的反応、または音楽音に対する感情の波動が、純粋に実験的なものとして記録されることができたら、どんなに興味あ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・私だって、それは知るようになったし、云わば一人の人間が自分だけ動きがとれない心持でいるのに、客観的な現実はどしどし推移してゆくところに、現実――生活の力強い波動があるとさえ云えるのだから。只どうぞ、「失うものは借金ばかり」とおえばりにならな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・同氏は二・二六事件の本質を、陸軍内部の国体原理主義者――皇道派と、人民覇道派――統制派との闘争とし、敗北した二・二六事件の本質を、労働者農民の窮乏に痛憤した青年将校の蹶起、侵略戦争に反対し、陸軍内の閥と幕僚を排撃して、陸軍の自由を愛好する分・・・ 宮本百合子 「作家は戦争挑発とたたかう」
・・・決して忘れて居たのではございませんが、近頃、私の生活の上に起った変動は、非常に大きく私の精神上に波動を与えました。決して混乱ではございません。が、その大きく力強い濤が、勇ましく打寄せて、或程度まで落付いて仕舞うまで、私は口を緘んで、じっと自・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ この時期ナンセンスな流行歌と漫才とエノケン、ロッパの大流行をみたのは、人心のどんな波動を語っていたのだろう。 ヒューマニズムの歴史性そのものが内包していた方向から目をそらして無制約に人間中心の唱えられたことは、文学に雑多な個別的な・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・たとい少数であり、微弱であっても、その健全性によって評価されなければならない事象は、正当に評価して、波動をひろげつたえて行く意志が、今日のヒューマニズムにおいて求められている。 文学の面で、近頃亀井勝一郎氏、小林秀雄氏共々、文学評価の科・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・ 空を飛ぶ鳥がいきなり大気の波動にまかれて、後から後から落ち始めた。ヴィンダー や。忽ちあの五十層の建物が、木葉微塵にとび散ったぞ。優雅な塔が歪む。……ほら倒れる。千、万のぼろ家は、ぐっしゃり一潰れだ。堂宇も宮も、さっさと砕けろ!ミ・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫