・・・外八文字も、狐も、あなたに対してはまるで処女の如くはにかみ、伏目になっていかにも嬉しそうにくすくす笑ったりなどするので、私は、あなたの手腕の程に、ひそかに敬服さえ致しました。やはり、あなたは都会の人で、そうして少し不良のお坊ちゃんの面影をど・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私は今迄、自己を語る場合に、どうやら少しはにかみ過ぎていたようだ。きょうよりのち、私は、あるがままの自身を語る。それだけのことである。語らざれば憂い無きに似たり、とか。私は言葉を軽蔑していた。瞳の色でこと足りると思っていた。けれども、それは・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私も、はにかみながら悪童たちの後について行って、おっかなびっくりテントの中を覗くのだ。努力して、そんな下品な態度を真似るのである。こら! とテントの中で曲馬団の者が呶鳴る。わあと喚声を揚げて子供たちは逃げる。私も真似をして、わあと、てれくさ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・学生たちは私を、はにかみの深い、おひとよしだと思っていたかも知れない。けれども、このごろは、めっきり私も優しくなって、思う事をそのままきびしく言うようになってしまった。普通の優しさとは少し違うのである。私の優しさは、私の全貌を加減せずに学生・・・ 太宰治 「新郎」
・・・けれども生れつき臆病ではにかみやの私は、そのような経験をなにひとつ持たなかった。しようと決心はしていても、私にはとても出来ぬのだった。十銭のコーヒーを飲みつつ、喫茶店の少女をちらちら盗み見するのにさえ、私は決死の努力を払った。なにか、陰惨な・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・これは、私も又聞で直接に、その勇敢な女生徒にお目にかかったことは無いのだから、いま諸君に報告するに当って、多少のはにかみを覚えるのであるが、けれども、私は之をあり得ることだと思っているのである。女性の細胞の同化力には、実に驚くべきものがある・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・(急にはにかみ、畳の上の出刃庖丁をそそくさと懐失礼しました。帰りましょう。清蔵さん、早くお嫁をもらいなさい。数枝には、もう、……。お母さん! そうですか。数枝さん、あなたもひどい女だ。凄い腕だ。おそれいりましたよ。私が毛虫なら、・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・殊に外国からやって来た素見の客に対しては、まるでもう処女の如くはにかみ、顔を真赤にしたという話を聞きました。松岡などに逢ったら、多少でも良心のあるひとなら誰でも、へどもどしますよ。それを当の松岡は(これは譬噺レニンに呆れられているという事に・・・ 太宰治 「返事」
・・・その為に世間知らずの非常なはにかみやになって終いました。この私のはにかみが何か他人からみると自分がそれを誇っているように見られやしないかと気にしています。 私は殆ど他人には満足に口もきけないほどの弱い性格で、従って生活力も零に近いと自覚・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・ひどく「はにかみや」であったのでこの時の演説はよく聞き取れないくらいであった。しかし晩年はかなり講演がうまくなり、政治演説なども相当有効にやってのけるようになった。 自分の研究をする自由は得たが、実験を始めようとしても器械や道具が手に入・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫