・・・ 一九四六年の一月にどちらかといえば偶然な動機から、婦人民主クラブが誕生して、クラブの実際的な活動の中心になれる人をみんなでさがしたとき、わたしとして櫛田ふきさんをおもいうかべたのは、ゆきあたりばったりではなかった。クラブのような仕事・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
・・・カラ ああ、あの火花の下をかいくぐり、嬰児の命を庇おうとして、到頭ばったり倒れた母親。――破壊神、呪いの神にお礼を云って戴きます。アーリアン人の喧嘩の時も、餌物は随分ありはしたが、どれもこれも味のない程苦しかった。敵が憎いと云う一念で、・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・段々手当りばったりにいろんなものをよみはじめた。「平家物語」「方丈記」西鶴などを盛にうつしたり、口語訳にしたりして表紙をつけ手製本をつくった。与謝野晶子の「口語訳源氏物語」のまねをして「錦木」という長篇小説を書いた。森の魔女の話も書・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 五つばかりの娘は手当りばったりにそれを下して来て、字は読めないから絵ばかりを一心にくって眺めた。『新小説』か何かの扉に、一つどう見てもそこに立っているのが何だか分らない妙な絵があった。そこはひろい池で、赤い夕陽がさしている。向うの・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・ ゴーリキイは子供の時分からその穢れた環境の中で、手当りばったりな乱れた男女関係を目撃して育たなければならなかったのであるが、それによって彼の性的生活に対する明るさ、健康さ、肉体的な一時的結合以上のものを求める欲望はゆがめられるどころか・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・手首がばったり切り落された。起ち上がって、左の手でむなぐらに掴み着いた。 相手は存外卑怯な奴であった。むなぐらを振り放し科に、持っていた白刃を三右衛門に投げ付けて、廊下へ逃げ出した。 三右衛門は思慮の遑もなく跡を追った。中の口まで出・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ こう云っておいて、ツァウォツキイはひょいと飛び出して、外から戸をばったり締めた。そして家の背後の空地の隅に蹲って、夜どおし泣いた。 色の蒼ざめた、小さい女房は独りで泣くことをも憚った。それは亭主に泣いてはならぬと云われたからである・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫