・・・ スワは追憶からさめて、不審げに眼をぱちぱちさせた。滝がささやくのである。八郎やあ、三郎やあ、八郎やあ。 父親が絶壁の紅い蔦の葉を掻きわけながら出て来た。「スワ、なんぼ売れた」 スワは答えなかった。しぶきにぬれてきらきら光っ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干にとまって、嘴で羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応にあずかっている数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投・・・ 太宰治 「竹青」
・・・なんとか助けて下さい、と懇願しても、その三十歳くらいの黄色い歯の出た痩せこけた老婆、ろくろく返事もなく、規則は規則ですからねえ、と呟いて、そろばんぱちぱち、あまりのことに私は言葉を失い、しょんぼり辞去いたしましたが、篠つく雨の中、こんなばか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・消したちは次郎兵衛の新居にぎっしりつまって祝い酒を呑み、ひとりずつ順々に隠し芸をして夜を更しいよいよ翌朝になってやっとおしまいのひとりが二枚の皿の手品をやって皆の泥酔と熟睡の眼をごまかし或る一隅からのぱちぱちという喝采でもって報いられ、祝賀・・・ 太宰治 「ロマネスク」
四五日前に、善く人にじゃれつく可愛い犬ころを一匹くれて行った田町の吉兵衛と云う爺さんが、今夜もその犬の懐き具合を見に来たらしい。疳癪の強そうな縁の爛れ気味な赤い目をぱちぱち屡瞬きながら、獣の皮のように硬張った手で時々目脂を拭いて、茶の・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・文鳥は絶えず眼をぱちぱちさせていた。 昔紫の帯上でいたずらをした女が、座敷で仕事をしていた時、裏二階から懐中鏡で女の顔へ春の光線を反射させて楽しんだ事がある。女は薄紅くなった頬を上げて、繊い手を額の前に翳しながら、不思議そうに瞬をした。・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇を弾き返すような勇ましい音であった。 この時女は、裏の楢の木に繋いである、白い馬を引き出した。鬣を三度撫でて高い背にひらりと飛び乗った。鞍もない鐙もない裸馬であった。長く白い足で、太腹を蹴ると、馬・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・「狼森のまんなかで、火はどろどろぱちぱち火はどろどろぱちぱち、栗はころころぱちぱち、栗はころころぱちぱち。」 みんなはそこで、声をそろえて叫びました。「狼どの狼どの、童しゃど返して呉ろ。」 狼はみんな・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」 オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五匹の象・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・二疋は眼をぱちぱちさせました。 カン蛙はまだすっすっと歩いています。「あの方だわ。」娘の蛙は左手で顔をかくして右手の指をひろげてカン蛙を指しました。「おいカン君、お嬢さんがきみにきめたとさ。」「何をさ?」 カン蛙はけろん・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
出典:青空文庫