・・・それからあの昔の火口のあとにはいって僕は二時間ねむった。ほんとうにねむったのさ。するとね、ガヤガヤ云うだろう、見るとさっきの人たちがやっと登って来たんだ。みんなで火口のふちの三十三の石ぼとけにね、バラリバラリとお米を投げつけてね、もうみんな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・それ以来樋口一葉をはじめ、明治大正を通じて今日までには幾人か、相当の文学的業績をもつ婦人作家がある。が、日本の民主的な文学の流れは、昭和のはじめ世界の民主主義の前進につれて歴史的に高まり、プロレタリア文学の誕生を見た。その当時、その流れの中・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・明治文学の中期、樋口一葉や紅葉その他の作品に、「もとは、れっきとした士族」という言葉が不思議と思われずに使われている。この身分感は、こんにち肉体文学はじめ世相のいたるところにある斜陽族趣味にまで投影して来ているのである。 日本の大学、な・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・一九四七年の日本インフレーションのこんなすさまじい波風にもまれて、電柱に和服裁縫内職の紙のひらめいている光景は、実に悲惨な時代錯誤の感じを与える風景だと思う。樋口一葉の小説の中にあるにふさわしい風景だと思う。 こういう時代錯誤的な切ない・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・おゆきの住居や習慣は、樋口一葉が「にごりえ」などでかいた雰囲気の中のものだった。そして、鏑木清方の插画の風情のものだった。そういうことがわかったのは、ゆきのおまはんの由来を理解したよりもあとのことだし、「ねぶか」よりもあとのことであった。・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・新しい明治がその中にどんな古さをもっていたかということは樋口一葉の小説にも現れている。一葉の傑作「たけくらべ」は、たしかに美しいと思う。雅俗折衷のああいう抒情的な一葉の文章も古典の一つの典型をなしている。 樋口一葉は二十五歳の若さでなく・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
明治二十年代の日本のロマンティシズムの流れの中からは、藤村、露伴をはじめいろいろの作家が生れたわけだけれども、樋口一葉は、その二十五年の生涯が短かっただけに、丁度この時代のロマンティシズムが凝って珠玉となったような「たけく・・・ 宮本百合子 「人生の風情」
・・・上野の図書館には、明治の前半期に樋口一葉がよく通った。一葉日記に、ここは屡々出て来る。その頃、おそらく一人か二人しかいなかったであろう女子の閲覧人は、どういうところで読んだり勉強したりしていたのであったろうか。私の記憶にあるはじめの婦人閲覧・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ ところで、近代になってからの婦人作家の立場、婦人の文学はどういうものであったか。樋口一葉をとって見ましょう。一葉は明治の初め、自然主義が起ろうとする頃、それに対抗して活溌な文芸批評などを行っていた森鴎外を先頭とし、若い島崎藤村その他に・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・さらに、樋口一葉がそれに向って彼女の小説の中で非組織的な小市民的反抗を自然発生的に示した、明治のブルジョア官僚=官員はほとんどことごとく階級層においては革命的農民と対立した地主的勢力の取巻き志士団のくずれであったこと、故にひろく衆をあつめる・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
出典:青空文庫