・・・何かやってひどくいじめられて、首輪のところからつながれていたのを必死に切って逃げて来ているので、ずるずる地面を引ずる荒繩の先は藁のようにそそけ立ってしまっているのであった。 景清は、それからずっとその庭にいついた。日中は樹の間の奥にいつ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・折あるごとに自分も探して手に入れなければならないという必死な心持を持っています。しかしその娘さん達は自分の働いたお金で食物を得て行ける年齢ではないし、また食物そのものの値段が、今日ではもう法外なものになっているから、お父さん達が正当な働きで・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・そしてその病人が軽かろうが重かろうが、鼻風だろうが必死の病だろうが、同じ態度でこれに対している。盆栽を翫んでいる時もその通りである。茶を啜っている時もその通りである。 花房学士は何かしたい事若くはする筈の事があって、それをせずに姑く病人・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・そこでわたくしは必死になってあの写真と競争してみる気になったのです。 女。それも分かっていましたの。 男。そこで服を一番いい服屋で拵えさせる。髪をちぢらせる。どうにかして美しくなろうと意気込んで、それと同時にあなたに対しては気違染み・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ この古今未曾有の荘厳な大歓迎は、それは丁度、コルシカの平民ナポレオン・ボナパルトの腹の田虫を見た一少女、ハプスブルグの娘、ルイザのその両眼を眩惑せしめんとしている必死の戯れのようであった。 こうして、ナポレオンは彼の大軍を、いよい・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ただ最後に酸素吸入器だけが、彼女の枕元で、ぶくぶく泡を立てながら必死の活動をし始めた。 彼は妻の上へ蔽い冠さるようにして、吸入器の口を妻の口の上へあてていた。――逃がしはせぬぞ、というかのように、妻の母は娘の苦しむ一息ごとに、顔を顰めて・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・真と義と愛と荘とのためにあらゆる必死の奮闘を要す。精神が「義」に猛烈なる執着をなせば犠牲の念は忽然として翼をのぶ。ニュウトンといいワシントンといいルーテルという、彼らが大建設の時代は満身犠牲の念に充つ。心霊は神の摂理の真と人道の義と美の愛と・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫