・・・彼女も、夫に死なれてから全くの一人身であった。村の縫物をして、やっと暮していた。彼女には、青森に甥がいた。今いる家は、町の家作持ちの好意で家賃なしであった。村にも、彼女より立派に縫物の出来る女は、数人いた。植村婆さんは、若い其等の縫いてがい・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・伸子は伸子なりに渦巻くそれらの現実に対し、あながち一身の好悪や利に立っていうのではない批判をもちはじめている。日本の社会が、あらゆる階層を通じてとくに婦人に重く苦しい現実を強いていることは、人生を愛す気質をもって生れている伸子を一九二七年の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・現代のすべての女性はおそろしく高価な教訓によって、一身の幸福といい不幸ということが、社会事情との連関なしに語れないという現実だけは、はっきりと学びとった。 ここに集められているすべての文章は、一貫して一つの意志をもっている。それは、わた・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・然れども余は他の方面より、余の此事あるが為に老年の両親を苦しましめ、朋友に苦慮を増さしむるを思へば、自己一身の為に他者を損ふの苦痛をなすに堪へず。遂に彼女に送るに絶交の書を以てせり。されども余の素願は、固より彼女の内部に潜める才能を認め、願・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・まだ健在であった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じ・・・ 宮本百合子 「現実の問題」
・・・という小説を書いて金の為めに人身犠牲のような結婚をさせられた人の悲劇を書いてたことがあります。親の借金のかたに金持ちに嫁にやられるということで考えれば、恐らく十人のうち九人までそれを女として耐え難いことだと思うでしょうが、自分から結婚問題と・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・町人文学と劇、浮世絵は、封建の身分制から政治的に解放され得なかった人間性が、金の前には身分なしの人身売買の世界で悲しくも主張されたわけでした。婦女奴隷の上に悲しくも粉飾された町人の自由と人間性との表示でした。 明治四十年代の荷風のデカダ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ それからその男にひどい目に会わされたんで婿なんか取るもんじゃあないとあきらめた様にして今まで一人身で居たけれ共もう年が年だから今度の話は先が承知するとすぐきめてしまったんだと不幸な娘を持った年寄の父親はうるんだ声で千世子に話してきかせ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 某つらつら先考御当家に奉仕候てより以来の事を思うに、父兄ことごとく出格の御引立を蒙りしは言うも更なり、某一身に取りては、長崎において相役横田清兵衛を討ち果たし候時、松向寺殿一命を御救助下され、この再造の大恩ある主君御卒去遊ばされ候に、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・いかに武芸をひとわたりは心得たとて……この血腥い世の中に……ただの女の一人身で……ただの少女の一人身で……夜をもいとわず一人身で……」 思えば憎いようで、可哀そうなようで、また悲しいようで、くやしいようで、今日はまた母が昨夜の忍藻になり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫