・・・還りきたれば国は荒れ、財は尽き、見るものとして悲憤失望の種ならざるはなしでありました。「今やデンマークにとり悪しき日なり」と彼らは相互に対していいました。この挨拶に対して「否」と答えうる者は彼らのなかに一人もありませんでした。しかるにここに・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・私は日本文壇のために一人悲憤したり、一人憂うという顔をしたり、文壇を指導したり、文壇に発言力を持つことを誇ったり、毒舌をきかせて痛快がったり、他人の棚下しでめしを食ったり、することは好まぬし、関西に一人ぽっちで住んで文壇とはなれている方が心・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・に語り、既成教団をせめ、世相を嘆き、仏法、王法二つながら地におちたことを悲憤して、正法を立てて国を安らかにし、民を救うの道を獅子吼した。たちまちにして悪声が起こり、瓦石の雨が降った。群衆はしかしあやしみつつ、ののしりつつもひきつけられ、次第・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ ミケランジェロだって、その当時は大理石の不足に悲憤痛嘆したのだ。ぶつぶつ不平を言いながらモオゼ像の制作をやっていたのだ。はからずもミケランジェロの天才が、その大理石の不足を償って余りあるものだったので、成功したのだ。いわんや私たち小才・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・酒を呑みたいなら、友人、先輩と牛鍋つつきながら悲憤慷慨せよ。それも一週間に一度以上多くやっては、いけない。侘びしさに堪えよ。三日堪えて、侘びしかったら、そいつは病気だ。冷水摩擦をはじめよ。必ず腹巻きをしなければいけない。ひとから金を借りるな・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・よく居酒屋の口論などで、ひとりが悲憤してたけり立っているのに、ひとりは余裕ありげに、にやにやして、あたりの人に、「こまった酒乱さ」と言わぬばかりの色目をつかい、そうして、その激昂の相手に対し、「いや、わるかったよ、あやまるよ、お辞儀をします・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・しかし、少女時代の労働のために健康を失ったこの作者が、妻、母として、党員として東北の小さい町に負担の多い生活とたたかいながら一つ一つ作品を重ねて来ているうちに、次第に爆発的な悲憤と反抗とが、階級的な作家としてのリアリスティックな能力に高めら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・ まるで教室にでもいるように、一斉に立って迎えた中を、辞儀と愛素よい笑とを振撒きながら入って来られる様子を見、自分の心は、悲憤ともいうべき激情に動かされた。 あの平気な顔、自分の仕たことに一つの間違いもなかったのだと云いたげな風。私・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・タタール人抑圧の悲憤にみちた物語は、文豪のトルストイも小説に書いている。帝政時代のロシア支配階級はその他多くの弱小民族を圧迫し生活権を奪うことによって豊沃な耕地を、森林を、鉱山と港とを自分の富として加えた。タタール民族ユダヤ民族は、自分らの・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・食わせさえすれば何でも食う、そう云われたら人々は悲憤すると思う。本にしろこれは同じと思う。 インフレーションという本来の性質にしたがって出版の場合でも、いい本よりは下らない悪い本が濫造されていたのだから、そのような本の出版状態が整理され・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
出典:青空文庫