・・・男の頭の回りをしとやかな秋の日和がうす赤にそめて居るのや、衿足のスーッと長いのが女にはやたらにうれしかった。「私はうれしくなって来た」 ことわる様に女は云って、いつもする様に手だの耳ったぼだの肩だのをひっぱった。 男はしずかにし・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・うららかな日和で、霊屋のそばは桜の盛りである。向陽院の周囲には幕を引き廻わして、歩卒が警護している。当主がみずから臨場して、まず先代の位牌に焼香し、ついで殉死者十九人の位牌に焼香する。それから殉死者遺族が許されて焼香する、同時に御紋附上下、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・好く日和が続くことだと思うよ。僕なんぞは内にいるよりか、ここにこうしている方が、どんなに楽だか知れないが、それでも僕は人中が嫌だから、久しくこうしていたくはないね。どうだろう。今夜は遅くなるだろうか」「なに。そんなに遅くもなるまいよ。余・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫