・・・ただ肉が肥えて腮にやわらかい段を立たせ、眉が美事で自然に顔を引き立たせたのでやや見どころがあるように見える。そのすこし前までは白菊を摺箔にした上衣を着ていたが、今はそれを脱いでただ蒲の薄綿が透いて見える葛の衣物ばかりでいる。 これと対い・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・彼には横たわっている妻の顔が、その傍の薬台や盆のように、一個の美事な静物に見え始めた。 彼は二人の間の空間をかつての生き生きとした愛情のように美しくするために、花壇の中からマーガレットや雛罌粟をとって来た。その白いマーガレットは虚無の中・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ デュウゼは意識した美辞によって見物を刺激するのではない。舞台に出た時には吾人はデュウゼを見ずしてジョコンダを見、アンナを見る。自分を全然見物に忘れさすのは彼女の第二の天性である。舞台の上ではその役の性格に恐ろしく忠実であってその人の通・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫