・・・と言って逃げてゆくのじゃないかなど思ってびっくりするときがあった。顔を伏せている子守娘が今度こちらを向くときにはお化けのような顔になっているのじゃないかなど思うときがあった。――しかし待っていた為替はとうとう来た。自分は雪の積った道を久し振・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ というふうなことを言っていたが、「そりゃおまえがびっくりすると思うてさ」 そう言いながら母は自分がそれを言ったことは別に意に介してないらしいので吉田はすぐにも「それじゃあんたは?」と聞きかえしたくなるのだったが、今はそんなこと・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・』 少年はびっくりして立ちあがった。『お前の名は?』『源造。』『源造、おれはお前の叔父さんだ、豊吉だ。』 少年は顔色を変えて竿を投げ捨てた。そして何も言わず、士族屋敷の方へといっさんに駆けていった。 ほかの少年らも驚・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・文公はこの騒ぎにびっくりして、すみのほうへ小さくなってしまった。まもなく近所の医者が来る事は来た。診察の型だけして「もう脈がない。」と言ったきり、そこそこに行ってしまった。「弁公しっかりしな、おれがきっとかたきを取ってやるから。」と親方・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・不意に松本がびっくりして、割れるように叫んだ。「何だ、何だ!」「こいつはまた偽札だ。――本当に偽札だ!」 その声は街へ遊びに行くのがおじゃんになったのを悲しむように絶望的だった。「どれ?……どれ」 それはたしかに、偽札だ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 息子は、びっくりして十一時の夜汽車であわてゝ帰って来た。 三日たって、県立中学に合格したという通知が来たが、入学させなかった。 息子は、今、醤油屋の小僧にやられている。・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・お前の母はこの前の様子とまるで異う態度にびっくりした。――と、この時今まで一口も云わずにいた上田のお母アが、皆が吃驚するような大きな声で一気にしゃべり出した。「んだとも! なア大川のおかみさん! おれ何時か云ってやろう、云ってやろうと思って・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ しかし、一同が二階に集まって見ると、このお婆さんたちの元気のいい話し声がまた私をびっくりさせた。その中でも、一番の高齢者で、いちばん元気よく見えるのは隣家のお婆さんであった。この人は酒の盃を前に置いて、「どうか、まあ太郎さんにもよ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ウイリイはびっくりして、「おや、お前は口がきけるのか。それは何より幸だ。」と喜びました。そればかりか、耳にさえさわれば食べるものや飲むものがすぐにどこからか出て来るというのですから、これほど便利なことはありません。 ウイリイは、馬を・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そのとき玄関をあけたら赤ちゃけた胴の長い犬がだしぬけに僕に吠えついたのにびっくりさせられた。青扇は、卵いろのブルウズのようなものを着てナイトキャップをかぶり、妙に若がえって出て来たが、すぐ犬の首をおさえて、この犬は、としのくれにどこからか迷・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫