・・・人のいい驢馬の稚気に富んだ尾籠、そしてその尾籠の犠牲になった子供の可愛い困惑。それはほんとうに可愛い困惑です。然し笑い笑いしていた私はへんに笑えなくなって来たのです。笑うべく均衡されたその情景のなかから、女の児の気持だけがにわかに押し寄せて・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・彼は檳榔子を少し持って来ました。スバーが、それを噛めるようにしてやる そうやって長いこと坐り、釣の有様を見ている時、彼女は、どんなにか、プラタプの素晴らしい手伝い、真個の助けとなって、自分が此世に只厄介な荷物ではないことを証拠だてたく思・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・言ってしまってから、ひどく尾籠なことを言ったような気がした。「そうかね。」相手は一向に感動せず、「小説家って、頭がわるいんだね。君は、ガロアを知ってるかい? エヴァリスト・ガロア。」「聞いた事があるような、気がする。」「ちえっ、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・を見てはたまらぬという冷静の思慮を以てまず入歯をはずし路傍に安置仕り候ものにて、さて、目前の大剛を見上げ、汝はこのごろ生意気なり、隣組は仲良くすべきものなり、人のあらばかり捜して嘲笑せんとの心掛は下品尾籠の極度なり、よしよし今宵は天に代りて・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・近頃檳榔子の炭を使って極寒まで冷した空気を吸わせ真空を作る事も発明された。また炭は溶液の中にある有機性の色素を吸収する性質がある、殊に獣炭あるいは骨炭がこれに適しているので砂糖の色を抜く事などに使われる。コークスは石炭を蒸焼にした炭だ、火力・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ 尾籠な話であるが室戸の宿の宿泊料が十一銭であったことを覚えている。大変に御馳走があって二の膳付の豊富な晩食を食わされたのでいささか嚢中の懸念があったではないかと思う。そのせいではっきりそれを覚えているのかもしれない。道中の昼食は一人前・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・それは先ずファウストと云うものはえらい物だと聞いてわけも分からずに集まる衆愚を欺いて、協会が大入を贏ち得たのは、尾籠の振舞だと云うのである。これは一応尤らしいが、また強ちそうも言われぬかと思う。ファウストがえらい物だと云うことは事実だとして・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫