・・・ 夜更けるまで仕事をして、少し頭がつかれたとき人はひどく神経質になる、私はひどく臆病になる、 又蛾が来たのかなと思って、こわごわ見ると、何か赤い縞の小虫である。 暫くじっと止って居たがやがて急に私の胸元へとびついて来た。 驚・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・などと云いながら、少し夜が更けると、皆の暑がるのもかまわず、すっかり戸を閉めて、ガラス戸にはカーテンをすきまない様に引いた。 そして、そこいら中に燈をカンカンつけた中に、小さい鐘を引きつけて、私は大変強そうに、自信あるらしい様子・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・と云ったきりでまただまりかえって居たけれ共夜が更けると一緒に段々目がさえてこまったと云って当直の女をあつめていろいろな世間ばなしをさせたり物語りの本をよませてなど居たけれ共中々ねむられそうにもなかった。 いろいろのはなしの末に一番ま・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 膝を抱えて小さくうずくまっている禰宜様宮田は、うっとりと、塵くさい大きな肩と肩の間からチロチロと美しく燃える火を見ながら、あてどもない考えに耽るのが常であった。 けれども、このごろでは何を考えてもお仕舞いまではまとまらず、またまと・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・その中で私は東京に居る時の様に更けるまで息をはずませて話合う様な人はたった一人もない山中に、いつもいつも待遠がって居る夜が来るやいなや、寝床へもぐり込む。寒いのでそちらの様に長起きが出来ないんです。つくづく東京が恋しい。平常私は『自分は、手・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・夜のはなやかな祇園のそばに家があったんで夜がかなり更けるまでなまめいた女の声、太鼓や三味の響が聞えて居る中でまるで極楽にでも行く様な気持で音の中につつまれて眠りについたのは私には忘られないほどうれしい、気持のいいねつき様であった。大きなリボ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・第一、荷風がその美にふける花柳の女たちの生きている世界はどういうものであろうか。彼女たちの身ごなしの美をあるがままに肯定するのであれば、その身ごなしのよって来る心のしなをも肯定しなければ、荷風の求める美の統一は破れてしまわなければならない。・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・感動し、失望し、考えに耽る内なる自己と起った事柄とをしっくり対談させることを知っているようで知らない自分は、考え、考え、頭の上で思索の範囲の拡大を見るのみで、結局内部では実践的に何一つ解決されないということになる。 或る期間の後、私は、・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・で、自分では気がつきませんでしたが、私はいつも考えにふける時のように人を寄せつけないムズかしい顔をしていたのです。私がそういう顔をしている時には妻は決して笑ったりハシャイだりはできないので、自然無口になって、いくらか私の気ムズかしい表情に感・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫