・・・とは普通には、行為の選択の自由のいいである。一つの行為をなすまいと思えば為さずにすんだのに、為したという意味である。しかし反省すればこれは不思議なことである。意志決定の際、われわれはさまざまの動機の中から一つの動機を選択してこれを目標とした・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 曹長は、それから、彼の兄弟のことや、内地へ帰ってからどういう仕事をしようと思っているか、P村ではどういう知人があるか、自分は普通文官試験を受けようと思っているとか、一時間ばかりとりとめもない話をした。曹長は現役志願をして入営した。曹長・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・その男は極めて普通人型の出来の好い方で、晩学ではあったが大学も二年生まで漕ぎ付けた。というものはその男が最初甚だしい貧家に生れたので、思うように師を得て学に就くという訳には出来なかったので、田舎の小学を卒ると、やがて自活生活に入って、小学の・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 澄元契約に使者に行った細川の被官の薬師寺与一というのは、一文不通の者であったが、天性正直で、弟の与二とともに無双の勇者で、淀の城に住し、今までも度たびたび手柄を立てた者なので、細川一家では賞美していた男であった。澄元のあるところへ、澄・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 然り是実に普通法衙の苟も為さざる所也。普通民法刑法の苟も許さざる所也。 而も赳々たる幾万の豼貅、一個の進んでドレフューの為めに、其寃を鳴し以って再審を促す者あらざりき。皆曰く。寧ろ一人の無辜を殺すも陸軍の醜辱を掩蔽するに如かずと。・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・それは普通いう「道徳的意識」からではなしに、彼の金で女の「人間として」の人格を侮辱することを苦しく思うことはもっと彼自身にとってぴったりした、生えぬきの気持からだった。 友だちといっしょにこういう処にくることがあった。が、彼はしまいまで・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・おげんが娘や甥を連れてそこへ来たのは自分の養生のためとは言え、普通の患者が病室に泊まったようにも自分を思っていなかったというのは、一つはおげんの亡くなった旦那がまだ達者でさかりの頃に少年の蜂谷を引取って、書生として世話したという縁故があった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・家も捨て、妻も捨て、子も捨て、不義理のあるたけを後に残して行く時の旦那の道連には若い芸者が一人あったとも聞いたが、その音信不通の旦那の在所が何年か後に遠いところから知れて来て、僅かに手紙の往復があるようになったのも、丁度その頃だ。おげんが旦・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかも今では音信不通な人に成っている。その人は大塚さんがずっと若い時に出来た子息で、体格は父に似て大きい方だった。背なぞは父ほどあった。大塚さんがこの子息におせんを紹介した時は、若い母の方が反って年少だった。 湯島の家の方で親子揃って食・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・事実、自分の日常生活を支配しているものは、やっぱり陳い陳い普通道徳にほかならない。自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得ない。ある部分は道理だとも思うが・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫