・・・殊に狭苦しい埠頭のあたりは新しい赤煉瓦の西洋家屋や葉柳なども見えるだけに殆ど飯田河岸と変らなかった。僕は当時長江に沿うた大抵の都会に幻滅していたから、長沙にも勿論豚の外に見るもののないことを覚悟していた。しかしこう言う見すぼらしさはやはり僕・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起すといきまいている。等、等、等。五 ある秋の真夜中です。体も心も疲れ切った白は主人の家へ帰って来ました。勿論お嬢さんや坊ちゃんはとうに床へはいっています。い・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・が、その苦しみを、不当だとは、思っている。そうして、その苦しみを与えるものを――それが何だか、李にはわからないが――無意識ながら憎んでいる。事によると、李が何にでも持っている、漠然とした反抗的な心もちは、この無意識の憎しみが、原因になってい・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・しかし第二の種類に属する芸術家である以上は、私のごとく考えるのは不当ではなく、傲慢なことでもなく、謙遜なことでもなく、爾かあるべきことだと私は信じている。広津氏は私の所言に対して容喙された。容喙された以上は私の所言に対して関心を持たれたに相・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・気の利いたような、そして同時に勇往果敢な、不屈不撓なような顔附をして、冷然と美しい娘や職工共を見ている。へん。お前達の前にすわっている己様を誰だと思う。この間町じゅうで大評判をした、あの禽獣のような悪行を働いた罪人が、きょう法律の宣告に依っ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・永遠に文人に強いて文学の労力に対しては相当の報賞を与うるを拒み、文人自らが『我は米塩の為め書かず』というは猶お可なれども、社会が往々『大文学はパンの為めに作られず』と称して文人の待遇を等閑視するは頗る不当の言である。 今日の社会は経済的・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・尾崎はその時学堂を愕堂と改め、三日目に帝都を去るや直ちに横浜埠頭より乗船して渡欧の途に上った。その花々しい神速なる行動は真に政治小説中の快心の一節で、当時の学堂居士の人気は伊公の悪辣なるクーデター劇の花形役者として満都の若い血を沸かさしたも・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・いずれにしても、彼等が不当の利得を得つゝあることが分るのでした。 私達は実生活の上に於て、その場合、場合に面接して、この世の中というところが、どんなものであるかを切実に知り得たのです。 もう一つ、貧困の時代に、苦しめられたものは、病・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・を不当に扱って来た世間というものに対する反逆心も含まれていた。そしてまた、寿子がもし天才だけで現在のようになったとすれば、この数年間、自分が生活のすべてを犠牲にして来たことが無意味になるではないか、という気持もあった。彼はただ現在の寿子を、・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・どこかに捜して宿をとろうか、それとも今の女のところへ帰ってゆこうか、それはいずれにしても私の憎悪に充ちた荒々しい心はこの港の埠頭で尽きていた。ながい間私はそこに立っていた。気疎い睡気のようなものが私の頭を誘うまで静かな海の暗を見入っていた。・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫