・・・と云い切れるかどうかが疑問であったし、お君も亦、頼む夫が、ふらりふらりして居るので、余計、取越苦労や廻し気ばかりをして居た。 烈しい風がグーン、グーンと吼えて通る。黄色い砂が津浪の様に押寄せて来ては栄・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・私が悄気て鎌倉にいた従妹の家へふらりと行ったりした頃、貰ったものだ。 やきものの山羊は父が昔くれたもの。嘗て柳行李のなかから、紺絣の着物や、目醒し時計と一緒くたに出て来たガラスのペン皿は、わったりしたくないと思ってつかっている。 琉・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・夫婦喧嘩のようなことをして、家にいたくなかった夕方、ふらりと、その結婚前からの時計、今は故障している時計をもって店も考えつかず足の向ったところで直させたのであった。そこで、胡魔化されたのであったろうと思う。其とて、はっきりした証拠はないので・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・片手に新聞を拡げたなり持ち、空模様でも見るらしくふらりと棕櫚の鉢植のところへ出て居た背広の男が、我々に近より、極く平静に――抑揚なく挨拶した。「いらっしゃい」 ホールで、我々は「一寸御飯をたべたいのだが」と云った。「どう・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 或る晩、ひろ子は、心のもってゆき場がなくなって、駅前の通りへふらりと出て行った。よしず張りの植木屋があって、歩道に風知草の鉢が並んでいた。たっぷり水をうたれ、露のたまった細葉を青々と電燈下にしげらせている風知草の鉢は、異常にひろ子をよ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・いかにも母親の注意が細かに行き届いた好い服装をし、口数の尠い男だが、普請は面白いと見え、土曜日の午後からふらりと来て夕方までいて行くことなどあった。母親もそうだが、この大学生にもどこか内気に人懐こいようなところがあった。草を拉いで積み重ねた・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・この人の字癖を知らないけれど、父とは二つか三つ年下の弟で、高校時代にふらりと支那へ行って、そこで一年ほど何かの学校の先生になっていたことがあるというような気質の人であったそうだ。烈しい一図な天性で、東大を卒業するという年に、皆の手をふり切っ・・・ 宮本百合子 「本棚」
出典:青空文庫