・・・は、しかし、最後の一行まで読み終ると、この作品の世界の一種の美にかかわらず、私たちの心に何か深い疑問をよびさますものがある。そして、その疑問は、その単行本の後書きを読むと一層かき立てられる。「愛と死、之は誰もが一度は通らねばならない。人間が・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・この大会で民主的な文学作品について報告する責任をもった佐多稲子は、小説部会の評価が各作品について全く対立的である場合が多い、評論部会は、民主的文学の評価の基準について検討をするように、と要求した。評論部会はそれを課題としたわけであったが、様・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・この一種の混乱が、第三回大会で、運動としての統一的活動の必要について自己批判を生み、一方、小説部会の報告にあらわれたような、民主主義文学運動と作品についての評価の基準の喪失をもたらした。この民主主義文学運動として客観的な評価の基準が失われて・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・の準備部会のような場所で行われた投票の結果について書いておられた。『改造』『中央公論』などという綜合雑誌の発行所がその雑誌の属する第七部とかには出ていないで中央公論社は、『婦人公論』で第五部に、改造社は『短歌研究』、『俳句研究』で、研究社の・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
十一月一日から三日の間、新日本文学会の第三回大会がもたれた。こんどの大会は、各専門部会の報告、中央委員会報告、各地方支部、文学サークル協議会の報告で、充実したプログラムであった。第一回、第二回と大会をもってきて、去年から今・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・と言った数馬の眉間には、深い皺が刻まれた。「よいわ。討死するまでのことじゃ」こう言い放って、数馬はついと起って館を下がった。 このときの数馬の様子を光尚が聞いて、竹内の屋敷へ使いをやって、「怪我をせぬように、首尾よくいたして参れ」と言わ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この間の応答のありさまについてまたつらつら考えれば年を取ッた方はなかなか経験に誇る体があッて、若いのはすこし謹み深いように見えた。そうでしょう、読者諸君。 その内に日は名残りなくほとんど暮れかかッて来て雲の色も薄暗く、野末もだんだんと霞・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・病人の頬や眼窩や咽喉の窪みに深い影が落ちて鎮まった。お霜は床に腰を下ろすと、うっとりしながら眼の前に拡っている茶の木畑のよく刈り摘まれた円い波々を眺めていた。小屋の裏手の深い掘割の底を流れる水の音がした。石橋を渡る駄馬の蹄の音もした。そして・・・ 横光利一 「南北」
・・・上るのをお聞なさって、チョット俯向きにおなりなさるはずみに、はらはらと落る涙が、お手にお持なさった一と房の花の上へかかるのを、たしかに見た事があるんですが、これをおもえば、徳蔵おじの実貞な処を愛して、深い思召のある事をおおせにでもなったもの・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・葉を打つ雨の単純な響きにも、心を捉えて放さないような無限に深いある力が感じられるのです。 私はガラス越しにじっと窓の外をながめていました。そうしていつまでも身動きをしませんでした。私の眼には涙がにじみ出て来ました。湯加減のいい湯に全身を・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫