・・・先生は芝居の桟敷にいる最中といえども、女が折々思出したように顔を斜めに浮かして、丁度仏画の人物の如く綺麗にそろえた指の平で絶えず鬢の形を気にする有様をも見逃さない。さればいよいよ湯上りの両肌脱ぎ、家が潰れようが地面が裂けようが、われ関せず焉・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・もっとむずかしい表現法を用いると物我対立と云う事実であります。すなわち世界は我と物との相待の関係で成立していると云う事になる。あなた方も定めてそう思われるでありましょう、私もそう思うております。誰しもそう心得ているのである。それから私が、こ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・古い仏画の内にはこの事を確信せしむる二三の例がある。これらの仏画を眼中に置いて現在の日本画を見れば、その弱さと薄さ、その現実を逃避する卑怯な態度などにおいて、明らかに絵の具の罪よりも画家の罪が認められるのである。色彩のみならず線の引き方にお・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・仏像は大抵蓮華の上にすわっているし、仏画にも蓮華は盛んに描かれている。仏教の祭儀の時に散らせる華は、蓮華の花びらであった。仏教の経典のうちの最もすぐれた作品は妙法蓮華経であり、その蓮華経は日本人の最も愛読したお経であった。仏教の日本化を最も・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・その神話的な、象徴化の多い表現に親しむとともに、それを具体化した仏像仏画にも接した。私は彼らの心臓の鼓動を聞くように思う。――彼らが朝夕その偶像の前に合掌する時、あるいは偶像の前を回りながら讃頌の詩経を誦する時、彼らの感激は一般の参詣者より・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・三渓の蒐集品は文人画ばかりでなく、古い仏画や絵巻物や宋画や琳派の作品など、尤物ぞろいであったが、文人画にも大雅、蕪村、竹田、玉堂、木米などの傑れたものがたくさんあった。あれを見たら先生はさぞ喜ぶだろうと思ったのである。 私はその話を漱石・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫